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== BTの生みの親、クリスティー ==
BTはアメリカ人[[ジョン・W・クリスティー]]が開発した'''M1940'''という戦車に由来する。これはM1928またはM1931の砲塔の無いデモンストレーション用で、[[1930年代]]初めの開発にもかかわらず、先進性を主張した形式番号であった(M1930(M1931の砲塔の無い試作型であるM1930呼ぶする資料もあるなど、名称に諸説あり)。クリスティーは[[アメリカ合衆国|アメリカ]]で様々な戦車を開発していたが、彼の独創的なアイデアと開発におけるいかにも発明家らしい性格のため、本国では少数の使用に止まったが、[[イギリス]]・ソ連では彼のアイデアを受け継ぐ[[巡航戦車]]・快速戦車が開発された。
 
[[M1928]]から採用された「クリスティー式懸架装置」は、大直径転輪とストロークの大きい[[ばね#形状|コイルスプリング]]による[[サスペンション]]の組み合わせで、これに[[航空機]]用の大馬力[[エンジン]]を用いることで高速走行を実現していた。[[装甲]]自体は薄かったが、代わりに車体前面は傾斜し、[[避弾経始]](装甲を斜めにする事で当たった弾丸を後ろにそらす)を取り入れていた。また、一番の特徴は[[履帯]]なしでも走行できることであった。この機能は戦場に到着するまでの移動集中には極めて有効であったが、[[無限軌道|履帯]]の取り外しと再装着に時間がかかるため、いったん戦場に到着してからの実際の戦闘場面ではこの機能が使われることはあまり無かった。ノモンハンでは履帯の挙げる騒音を避けて[[日本軍]]陣地に忍び寄るために装輪行動を行ったという記録もある。