「NHK教育テレビジョン」の版間の差分

第1次[[オイルショック]]の影響を受け、[[1974年]](昭和49年)[[1月16日]]以降、14:30〜17:30のうち1〜3時間を休止に充てるとともに、深夜も23:00で放送が打ち切られた。但し早終い全面解除までその後10年を要した総合と異なり、2か月半後には深夜の終了が30分延ばされ23:30に、9月には日中の放送休止解除、そして翌[[1975年]](昭和50年)度には[[NHK UHFテレビ実験局|東京・大阪のアナログUHF実験局]]閉局もあり、[[放送大学]]の開学に向けた実験番組『大学講座』を放送することになったため、1年2か月半ぶりにオイルショックによる時間短縮措置が全面解除された。
 
番組の全面カラー化は渋谷の放送センターへ東京の拠点集約を完了してからもまだ実現せず、[[1977年]](昭和52年)10月であった。<ref>NHKアーカイブスの番組表検索によると、9月30日の『教師の時間「“自己理解”の指導」』が、再放送等を除く最後の白黒放送である。</ref><ref>NHKアーカイブスの「アカイさん資料室」で見られる1977年10月の業務用番組表では「総合テレビ・教育テレビとも全番組カラー」としているが、NHK年鑑では『1977年10月「通信高校講座」の再放送を除き全面カラー化』との記述がある。NHKアーカイブスの番組表検索によると「通信高校講座 数学ⅡA」は10月以降も一部の回が白黒で放送されており、1978年2月23日放送の「乗法・加法の回路」が最後の白黒放送である。</ref>また、アナログ[[音声多重放送]]についても、まず三大都市圏で[[1990年]]([[平成]]2年)10月から、その他は翌年[[3月21日]]([[春分の日]])からの実施であった。いずれも総合テレビや在京・在阪[[民間放送]]より相当遅かった。[[文字多重放送]]([[字幕放送]])については[[1999年]](平成11年)と、さらに開始が遅かった。
 
しかし、これらのサービスを開始することにより、教育テレビの編成における制約が徐々に少なくなっていった。この動きに合わせるかのように、それまで総合で放送されていたジャンルの一部が、衛星テレビジョン本放送開始も相まってジャンル整理の一環として教育テレビに移ってくるようになった。総合で放送されていた子供向け番組は、平成時代に入ると姿を消し、教育テレビに集約された。総合の空いた時間帯には、報道・情報番組が編成されるようになっていった。
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