「顔回」の版間の差分

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[[魯]]の人。[[孔門十哲]]の一人で、随一の秀才。孔子にその将来を嘱望されるも夭折する。顏回は名誉栄達を求めず、ひたすら孔子の教えを理解し実践することを求めた。その暮らしぶりは極めて質素であったという。このことから[[老荘思想]]発生の一源流とみなす説もある。
 
『[[論語]]』には顔回への賛辞がいくつか見られる。たとえば[[孔子]]が「顔回ほど学を好む者を聞いたことがない」(雍也第六、先進第十一)や同門の秀才[[子貢]]が、「私は一を聞いて二を知る者、顔回は一を聞きて十を知る者」(公冶長第五)、と述べたことが記載されている。顔回は孔子から後継者として見なされていた。それだけに早世した時の孔子の落胆は激しく、孔子は「ああ、天われをほろぼせり」(先進第十一)と慨嘆した。現実社会とのギャップに悩む孔子にとって学問にひたすら励み、学を悦楽として徳と仁を実践する顔回は孔子が人に持つ理想像だったと考えられる
 
== 比喩的用法 ==