「NHKのど自慢」の版間の差分

[[1946年]][[1月19日]]に[[ラジオ番組]]「'''のど自慢素人音楽会'''」として、[[東京都]][[千代田区]][[内幸町]]の[[NHK東京放送会館]](現在の[[日比谷シティ]]の場所)から午後6時(18時)から1時間30分、[[公開放送]]されたことが始まり。翌[[1947年]]に「'''のど自慢素人演芸会'''」と改称(このタイトルで[[1970年]][[3月22日]]まで放送)。テレビ放送は[[1953年]][[3月15日]]午後2時(14時)から2時間放送したことが始まりで(ラジオと同時公開放送)、当初はスタジオのあった東京での公開のみ放送された。なおこの第一回目の放送をラジオで募集したところ最終的に応募者数は900名を超えたという。
 
[[1965年]]度までは別な番組と平行して放送されていた([[#外部リンク|参考]])。単独放送となったのは[[1966年]]度からである。1966年から1970年まで、番組の人気は下降した。起死回生策が図られるもことごとく失敗し、1970年3月まで東日本・西日本地区で司会が違っていた。1970年4月に現在の「'''NHKのど自慢'''」にタイトルを変更。程なくして[[金子辰雄]]が司会に就任してから人気が回復した
 
毎週地方からの中継のため、全国を結ぶカラー放送用マイクロ回線網が完成するまで白黒放送が続けられた。本番組はNHK総合テレビでの中では[[カラーテレビ|カラー]]化が遅れた番組の一つであり、カラー化されたのは1971年4月である。<ref>NHKアーカイブス「アカイさん資料室」内の業務用番組時刻表より。この時点では「[[明るい農村]]」のうち火・木曜、「婦人百科」のうち月・火曜、「日本ところどころ」「中学生群像」が白黒となっている。</ref>なお、その後も一部の回は[[白黒テレビ|白黒]]で放送された。NHKアーカイブスの番組表検索によると、本番組が最後に白黒で放送されたのは1971年9月5日だが、当時の新聞縮刷版のテレビ欄では同年10月3日、翌[[1972年]]3月26日放送分が白黒となっている。<ref>朝日・毎日・読売・日本経済各紙の東京本社版。10月3日分は4紙とも白黒。3月26日分は毎日・読売では白黒。朝日・日経はカラー番組に付く記号が廃止されており、白黒番組を表す記号等も無いため不明。</ref>なお、年1回の全国コンクールは、[[1964年]]の「入賞者大会」からカラー化された。
1966年から1970年まで、番組の人気は下降した。起死回生策が図られるもことごとく失敗し、1970年3月まで東日本・西日本地区で司会が違っていた。
 
1970年4月に現在の「'''NHKのど自慢'''」にタイトルを変更。程なくして[[金子辰雄]]が司会に就任してから人気が回復した。なお、本番組はNHK総合テレビで最後まで[[白黒テレビ|白黒]]だった番組でもあり、ようやく[[カラーテレビ|カラー]]化された時期は[[1971年]][[10月10日]]のことであった(ただし、年1回の全国チャンピオン大会については、[[1965年]]頃からカラー化された)。毎週地方からの中継のため全国を結ぶカラー放送用マイクロ回線網が完成するまで白黒放送が続けられた。そのため本番組がNHKで一番最後まで残った白黒放送であった。
 
1970年からは全国各地を巡回する<ref>原則として各都府県で年に1回開催されることになっているが、[[北海道]]地方でのみ年に3 - 4回開催されるために、開催されない都府県も発生する。</ref>公開生放送(原則)で行っている。
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