「ヘルマン・ワイル」の版間の差分

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'''ヘルマン・クラウス・フーゴー・ワイル'''(Hermann Klaus Hugo Weyl, [[1885年]][[11月9日]] - [[1955年]][[12月8日]])は、[[ドイツ]]の[[数学者]]、[[理論物理学者]]。[[ドイツ語]]の発音に従って'''ヴァイル'''とも表記される。
 
[[数論]]を含む[[純粋数学]]と[[理論物理学]]の双方の分野で顕著な業績を残した。20世紀において最も影響力のある数学者であるとともに、初期の[[プリンストン高等研究所]]の重要なメンバーであった。研究の大半はプリンストンと[[スイス連邦工科大学]]で行われたものであったが、[[ダフィット・ヒルベルト]]と[[ヘルマン・ミンコフスキー]]によって確立された[[ゲオルク・アウグスト大学ゲッティンゲン|ゲッティンゲン大学]]の数学の伝統の継承者でもあった。