「トーマス・ジェファーソン」の版間の差分

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[[ファイル:US $2 obverse.jpg|thumb|240px|right|トーマス・ジェファーソンの肖像が描かれた2ドル紙幣]]
[[ファイル:Thomas_Jefferson22_IssueUS of_1904-4c$2 obverse.jpg|thumb|rightnone|250px|<center>トーマス・ジェファーソンの肖像を入が描かれた2セント切手</center>ドル紙幣]]
[[ファイル:USThomas_Jefferson22_Issue $2 obverseof_1904-4c.jpg|thumb|240px|rightnone|トーマス・ジェファーソンの肖像が描かを入れた2ドル紙幣セント切手]]
'''トーマス・ジェファーソン'''('''{{lang-en-short|Thomas Jefferson}}''', [[1743年]][[4月2日]]([[ユリウス暦]])/[[4月13日]]([[グレゴリオ暦]]<ref name=B-D>トーマス・ジェファーソンの出生日と死亡日は通常グレゴリオ暦を使って表示されている。しかし彼が生まれた時はまだ、イギリスとその[[植民地]]はユリウス暦を使っていたので、当時の記録(ジェファーソンの墓石を含み)は1743年4月2日となっている。1752年に執行された1750年新暦法の規定でグレゴリオ暦に従った日付に改訂された。</ref> ) - [[1826年]][[7月4日]])は、[[アメリカ合衆国]]の[[政治家]]で第3代[[アメリカ合衆国大統領]](1801年-1809年)。[[アメリカ独立宣言]](1776年)の主要な作者であり、[[アメリカ合衆国]]の[[共和制]]の理想を追求したことで最も影響力のあった[[アメリカ合衆国建国の父]]の一人とされている。共和制を推進し、[[イギリス帝国|イギリス]]の[[帝国主義]]に対抗する偉大な「自由の帝国」<ref> Robert W. Tucker, and David C. Hendrickson, ''Empire of Liberty: The Statecraft of Thomas Jefferson'' (1990)</ref>の陰にある力としてアメリカの姿を描いた。[[首都]]・[[ワシントンD.C.]]で就任演説を行った最初の大統領である。
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'''トーマス・ジェファーソン'''('''{{lang-en-short|Thomas Jefferson}}<ref group="※"><small>[[アメリカ英語]]発音:</small>{{IPA-en|ˈtɑməs ˈdʒɛfərsən|}} ''',タ'''マス(または、'''トー'''マス)・'''ジェ'''ファスン</ref><ref group="※"><small>[[イギリス英語]]発音:</small>{{IPA-en|ˈtɒməs ˈdʒɛfəsən|}} '''ト'''マス・'''ジェ'''ファスン</ref>、[[1743年]][[4月2日]]([[ユリウス暦]])/[[4月13日]]([[グレゴリオ暦]]<ref name=B-D group="※">トーマス・ジェファーソンの出生日と死亡日は通常グレゴリオ暦を使って表示されている。しかし彼が生まれた時はまだ、イギリスとその[[植民地]]はユリウス暦を使っていたので、当時の記録(ジェファーソンの墓石を含み)は1743年4月2日となっている。1752年に執行された1750年新暦法の規定でグレゴリオ暦に従った日付に改訂された。</ref> ) - [[1826年]][[7月4日]])は、[[アメリカ合衆国]]の[[政治家]]で第3代[[アメリカ合衆国大統領]](1801年-1809年)。[[アメリカ独立宣言]](1776年)の主要な作者であり、[[アメリカ合衆国]]の[[共和制]]の理想を追求したことで最も影響力のあった[[アメリカ合衆国建国の父]]の一人とされている。共和制を推進し、[[イギリス帝国|イギリス]]の[[帝国主義]]に対抗する偉大な「自由の帝国」<ref> Robert W. Tucker, and David C. Hendrickson, ''Empire of Liberty: The Statecraft of Thomas Jefferson'' (1990)</ref>の陰にある力としてアメリカの姿を描いた。[[首都]]・[[ワシントンD.C.]]で就任演説を行った最初の大統領である
 
== 概要 ==
[[ラストネーム]]の[[カタカナ]]表記では /er/ を長母音にして「ジェフ<span style="text-decoration:underline;">ァー</span>ソン」とすることが多いが、実際は短母音で第1音節にアクセントが来るので発音は「ジェフ<span style="text-decoration:underline;">ァ</span>ソン」または「ジェフスン」に近い<ref>[http://dictionary.reference.com/browse/Jefferson Dictionary.com]</ref>。
[[アメリカ独立宣言]](1776年)の主要な作者であり、[[アメリカ合衆国]]の[[共和制]]の理想を追求したことで最も影響力のあった[[アメリカ合衆国建国の父]]の一人とされている。共和制を推進し、[[イギリス帝国|イギリス]]の[[帝国主義]]に対抗する偉大な「自由の帝国」<ref> Robert W. Tucker, and David C. Hendrickson, ''Empire of Liberty: The Statecraft of Thomas Jefferson'' (1990)</ref>の陰にある力としてアメリカの姿を描いた。[[首都]]・[[ワシントンD.C.]]で就任演説を行った最初の大統領である。
 
大統領就任中には[[ルイジアナ買収]](1803年)や[[ルイス・クラーク探検隊]](1804年-1806年)を進めたが、辞任後の[[米英戦争]](1812年-1815年)に繋がるイギリスおよび[[フランス]]両国との緊張関係を増すことになった。
 
== 生い立ちと教育 ==
ジェファーソンは[[1743年]][[4月2日]]に<ref name=B-D group="※"/>、ピーター・ジェファーソン(1708年3月29日 - 1757年8月17日)およびジェーン・ランドルフ(1720年2月20日 - 1776年3月31日)の息子として[[バージニア植民地]]に生まれた。両親は共にバージニア入植者の古い家系の出であり、バージニア植民地でも最も著名な人々と密接に関わりのある家庭だった。10人兄弟の3番目であり、兄弟のうち2人は夭折した<ref>{{cite web|url=http://www.revolutionary-war-and-beyond.com/facts-on-thomas-jefferson.html |title=Facts on Thomas Jefferson |publisher=Revolutionary-war-and-beyond.com |date=1943-04-13 |accessdate=2010-02-04}}</ref>。母は、船長であり農園主を兼ねていたアイシャム・ランドルフの娘であり、[[ペイトン・ランドルフ]]の従姉妹かつ富裕なイギリス系[[ジェントリ]]の孫娘だった。父はアルベマール郡(シャドウェル、当時はエッジヒル)で農園主と測量士をしていたウェールズ人の子孫だった。父の古くからの友人であるウィリアム・ランドルフ大佐が1745年に死んだ時、父は[[遺言#遺言執行者|遺言執行人]]となり、タッカホーにあったランドルフの地所と遺児のトマス・マン・ランドルフ・ジュニアの面倒を見た。この年ジェファーソン家はタッカホーに移転し、そこで7年間過ごした後にアルベマールの自宅に戻った。父はその後当時の重要な地位である郡の[[大佐]]の位に指名された<ref name="HSR">Henry Stephens Randall, ''The Life of Thomas Jefferson''</ref>。
 
=== 教育 ===
1784年から1785年に、ジェファーソンはアメリカ合衆国と[[プロイセン]]の間の貿易関係を構築する者になった。プロイセンの大使フリードリヒ・ヴィルヘルム・フォン・ツレマイアーとアメリカの[[ジョン・アダムズ]]が二人とも[[デン・ハーグ|ハーグ]]に居り、[[ベンジャミン・フランクリン]]がパリに居たので、彼等もこの動きに関わった<ref>{{cite book|url=http://books.google.com/books?id=dmgUAAAAYAAJ&pg=PA218&lpg=PA218&dq=Thulemeier+Magdeburg&source=bl&ots=88_moQefOS&sig=78Uawff9ApALaQjVjOix13xjBug&hl=en&sa=X&oi=book_result&resnum=10&ct=result#PPA307,M1 |title=The Diplomatic Correspondence of the United States of America |publisher=Books.google.com |date= |accessdate=2009-09-02}}</ref>。
 
[[フランス革命]]勃発直前のフランス社会をつぶさに観察し、農民の犠牲の上に成り立っていることを強く感じたという<ref>{{PDFlink|[http://hermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/bitstream/10086/13610/1/hogaku0050307150.pdf 「大地の用益権は生きている人々に属する」-財産権と世代間正義についてのジェファーソンの見方]}}(森村進一橋法学2006-11 一橋大学機関リポジトリ)[http://hermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/bitstream/10086/13610/1/hogaku0050307150.pdf] </ref>。ジェファーソンは社交界や貴族の特権階級と多くの友好関係を築いたが、1789年にフランス革命が始まったときは革命支持者の側に回った。
 
=== 国務長官 ===
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:旧暦1743年4月2日生まれ<ref name=B-D group="※"/>
:1826年7月4日死去
|}
ジェファーソンの計画は、すべてのインディアンと条約を結び、「国家」として保留地に定住させ、その独自の文化、宗教および生活習慣を捨てさせて、合衆国が監督する「部族政府」を設立させ、白人文化、キリスト教、および定住農耕生活を強制するという[[同化政策]]だった<ref name=miller/><ref name=drinnon/>。この計画が完了するには、「1000年はかかるだろう」とジェファーソンは予測した。しかし現実にはインディアンとの条約締結は1868年で終了した。拡大する白人の入植は、ジェファーソンの予想よりもはるかに早くすさまじいものだった。
 
ジェファーソンの予測では、狩猟採集生活を送るインディアン達を農耕民として白人と同化させれば<ref group="※">実際には農耕民であるインディアン部族も遠方の保留地に追いやられている</ref>、彼らは白人との交易に経済的に依存するようになり、広大な領土は必要なくなり、商品との交易あるいは未払いの負債を返すために土地を手放すようになるだろうというものだった<ref name=letterharrison1803>{{cite web|url=http://courses.missouristate.edu/ftmiller/Documents/jeffindianpolicy.htm|title=President Thomas Jefferson to William Henry Harrison, Governor of the Indiana Territory,|last=Jefferson|first=Thomas|date=1803|accessdate=2009-03-12}}</ref>。
 
1803年、ジェファーソンはウィリアム・ヘンリー・ハリソンに宛てた手紙に次のように書き記している。
 
== 脚注 ==
{{脚注ヘルプ}}
{{Reflist|colwidth=30em}}
=== 注釈 ===
{{Reflist|colwidthgroup=30em"※"}}
 
=== 関連項目出典 ===
{{reflist}}
* [[1792年アメリカ合衆国大統領選挙]] - [[1796年アメリカ合衆国大統領選挙]] - [[1800年アメリカ合衆国大統領選挙]] - [[1804年アメリカ合衆国大統領選挙]]
* [[モンティチェロ]]
* [[アメリカ独立宣言]] - [[アメリカ合衆国建国の父]]
* [[ルイジアナ買収]]
* [[アメリカ合衆国の哲学]]
* {{仮リンク|アメリカ合衆国の啓蒙思想|en|American Enlightenment}}
* {{仮リンク|ジェファーソンディスク|en|Jefferson disk}} - ジェファーソンが発明した暗号機。36枚の円盤があり、円盤の縁には1枚ごとに26文字のアルファベットがランダムな順で刻まれている。この暗号機の原理は後に再発明されて米軍の暗号機 {{仮リンク|M-94|en|M-94}} となった
* {{仮リンク|ジェファーソニア|en|Jeffersonia}} - 植物
* {{仮リンク|モンティチェロ協会|en|Monticello Association}}
* [[植民地主義]] - [[奴隷]]
* [[同化政策]] - [[インディアン戦争]]
* [[優生学]] - [[白人至上主義]]
* [[ベンジャミン・バネカー]] - ジェファーソンの黒人劣等論に反駁したアフリカ系科学者
 
== 参考文献 ==
*ヴァジニア覚え書 [[中屋健一]]訳 1972. 岩波文庫
*トマス・ジェファソンと議会法 後藤光男,北原仁監訳 森下史郎,平岡章夫,村山貴子, 秋葉丈志共訳. 成文堂, 2008.3 翻訳叢書
 
== 関連項目 ==
* [[1792年アメリカ合衆国大統領選挙]] - [[1796年アメリカ合衆国大統領選挙]] - [[1800年アメリカ合衆国大統領選挙]] - [[1804年アメリカ合衆国大統領選挙]]
* [[モンティチェロ]]
* [[アメリカ独立宣言]] - [[アメリカ合衆国建国の父]]
* [[ルイジアナ買収]]
* [[アメリカ合衆国の哲学]]
* {{仮リンク|アメリカ合衆国の啓蒙思想|en|American Enlightenment}}
* {{仮リンク|ジェファーソンディスク|en|Jefferson disk}} - ジェファーソンが発明した暗号機。36枚の円盤があり、円盤の縁には1枚ごとに26文字のアルファベットがランダムな順で刻まれている。この暗号機の原理は後に再発明されて米軍の暗号機 {{仮リンク|M-94|en|M-94}} となった
* {{仮リンク|ジェファーソニア|en|Jeffersonia}} - 植物
* {{仮リンク|モンティチェロ協会|en|Monticello Association}}
* [[植民地主義]] - [[奴隷]]
* [[同化政策]] - [[インディアン戦争]]
* [[優生学]] - [[白人至上主義]]
* [[ベンジャミン・バネカー]] - ジェファーソンの黒人劣等論に反駁したアフリカ系科学者
 
== 外部リンク ==
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