「リンドン・ジョンソン」の版間の差分

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{{大統領
{{大統領 | 人名=リンドン・B・ジョンソン
| 各国語表記=Lyndon Baines Johnson
| 画像=37 Lyndon Johnson 3x4.jpg
| 代数=[[ファイル:Seal Of The President Of The United States Of America.svg|20px]] 第36
| サイン=Lyndon B. Johnson signature 2.svg
}}
'''リンドン・ベインズ・ジョンソン'''([[英語|英]]:{{lang|en|'''Lyndon Baines Johnson, LBJ'''}}、[[1908年]][[8月27日]] - [[1973年]][[1月22日]])は、[[アメリカ合衆国]]の[[政治家]]。[[アメリカ合衆国下院|下院]]議員、[[アメリカ合衆国上院|上院]]議員、第37代[[アメリカ合衆国副大統領|副大統領]]、第36代[[アメリカ合衆国大統領|大統領]]を歴任した。[[民主党 (アメリカ合衆国)|民主党]][[ジョン・F・ケネディ|ケネディ政権]]の副大統領を務め、[[ケネディ大統領暗殺事件|ケネディが暗殺される]]と大統領に昇格、政権を引き継いだ。[[リベラル]]として知られたケネディに対して、[[アメリカ合衆国南部|南部]]テキサス州出身のジョンソンは民主党の中では[[保守]]派と評されていたが、大統領就任にあたって掲げた貧困撲滅と[[公民権運動|公民権の確立]]を骨子とする「'''偉大なる社会'''」 {{lang|en|(Great Society)}} 政策は、非常にリベラル色の強いものとなった。
 
政権初期には、公民権法の早急な施行に向けて議会をまとめることに主導的役割を果たした。その他にも内政においては達成した政治課題が多く、結果的にジョンソン政権は同じ民主党の[[フランクリン・ルーズベルト|ルーズベルト政権]]と並んで「大きな政府」による社会福祉や教育制度改革、人権擁護を積極的に推進した政権となった。<!-- 非白色人に対する差別解消を推進するなど積極的に内政に関与している。--><!--重複-->しかし外交では、ケネディ政権から引き継いだ[[ベトナム戦争]]への軍事介入を拡大させ、国内に激しい[[反戦運動]]と世論の分裂をもたらした。
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