「倉阪鬼一郎」の版間の差分

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== 経歴 ==
[[早稲田大学]]時代は「幻想文学会」に所属し、[[東雅夫]]、[[浅羽通明]]らと知り合う。東がのちに創刊した雑誌『[[幻想文学 (雑誌)|幻想文学]]』には、[[レビュー]]等を大量に寄稿する。
 
大学事務員として就職したものの[[フリーライター]]を志望して退職する。しかし生計が成り立たず[[印刷会社]]に入社、[[文字[[校正]]係として11年間勤務の後、退職。[[校正者]]としては有能であったが、会社では浮いた存在であり、無意味な集団活動等には参加せず(末期には、病死した直属上司の通夜への顔出しさえ断っている)、また、顧客からの理不尽な要求に逆上することも多かった。この11年間の経験は、のちに『活字狂想曲』として出版されている。これは後日の回想ではなく、勤務と平行してひそかに同人誌に連載していたものに注記を加えたものだが、一方的な会社批判に終始せず、異分子としての自己をも、かなり客観的に描いている。
 
[[1987年]]短篇集『地底の鰐、天上の蛇』([[幻想文学出版会]])でデビュー。1995年、短編「赤い羽根の秘密」で[[日本ホラー小説大賞]]最終候補作に。第二短編集『怪奇十三夜』(幻想文学出版会)を経て、[[1997年]]『百鬼譚の夜』([[出版芸術社]])で再デビュー。