「おもいで酒」の版間の差分

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== 解説 ==
* 作詞は[[高田直和]]、作曲は[[梅谷忠洋]]である。小林幸子は1964年にデビューし、デビュー曲の「ウソツキ鴎」がヒットするが、それ以後15年間もヒットに恵まれていなかった。しかしこの曲の大ヒットにより、演歌を代表する女性歌手のひとりとなった。
* 発売当初は「六時、七時、八時あなたは・・・」([[TBSテレビ|TBS]]系ドラマ『[[母子草 (テレビドラマ)|母子草]]』主題歌)がA面であった。その後、[[有線放送]]でB面の「おもいで酒」が注目され始めるとジャケットを変更してAB面を入れ替えた。[[第21回日本レコード大賞]]・最優秀歌唱賞・金賞、第10回[[日本歌謡大賞]]・放送音楽賞を受賞した。
 
* 徐々にランクを上げてゆき、発売から5ヵ月経ってようやく[[オリコンチャート|オリコン]]のBEST10に初登場した。6週後には1位を獲得するなど、[[渥美二郎]]「[[夢追い酒]]」・[[ジュディ・オング]]「[[魅せられて (ジュディ・オングの曲)|魅せられて]]」に次いで1979年の年間第3位に輝いた。また翌[[1980年]]にも年間31位にランクされている。
*発売当初は「六時、七時、八時あなたは・・・」([[TBSテレビ|TBS]]系ドラマ『[[母子草 (テレビドラマ)|母子草]]』主題歌)がA面であった。その後、[[有線放送]]でB面の「おもいで酒」が注目され始めるとジャケットを変更してAB面を入れ替えた。[[第21回日本レコード大賞]]・最優秀歌唱賞・金賞、第10回[[日本歌謡大賞]]・放送音楽賞を受賞した。
* TBSの『[[ザ・ベストテン]]』で、演歌では渥美の「夢追い酒」([[1979年]][[5月17日]])に次いで2番目に(1979年[[7月19日]])ベストテン入りした曲である。また同番組での週間の最高位は第5位だったが、10位以内に通算15週、20位以内には合計31週間もランクされた。さらに『ザ・ベストテン』の1979年・年間ベストテンでは第1位に輝いとなっが、。{{要出典範囲|date=2013年12月12日 (木) 04:25 (UTC)|小林自身年間1位と知ったのは出演直前だったため、同番組への登場と同時に小林は感極まって嬉し涙を流し続けていた}}
 
*徐々にランクを上げてゆき、発売から5ヵ月経ってようやく[[オリコンチャート|オリコン]]のBEST10に初登場した。6週後には1位を獲得するなど、[[渥美二郎]]「[[夢追い酒]]」・[[ジュディ・オング]]「[[魅せられて (ジュディ・オングの曲)|魅せられて]]」に次いで1979年の年間第3位に輝いた。また翌[[1980年]]にも年間31位にランクされている。
 
*TBSの『[[ザ・ベストテン]]』で、演歌では渥美の「夢追い酒」([[1979年]][[5月17日]])に次いで2番目に(1979年[[7月19日]])ベストテン入りした曲である。また同番組での週間の最高位は第5位だったが、10位以内に通算15週、20位以内には合計31週間もランクされた。さらに『ザ・ベストテン』の1979年・年間ベストテンでは第1位に輝いたが、小林自身年間1位と知ったのは出演直前だったため、同番組への登場と同時に小林は感極まって嬉し涙を流し続けていた。
 
*[[讀賣テレビ放送|読売テレビ]]の『[[情報ライブ ミヤネ屋]]』で、司会者である[[宮根誠司]]が語ったエピソードによると、当時[[朝日放送]](宮根の出身局でもある)のディレクターだった作詞者がラジオ番組の企画で曲を募集したものの、集まらないので仕方なく自身で作詞を担当。しかし作詞が遅々として進まず、その憂さを晴らそうと下戸であったのに無理から杯を煽った姿に、飲み屋のママさんから「無理して飲んじゃいけない」と諭されて、奇しくもそれが曲のヒントになったそうである。
 
== 収録曲 ==