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| Name = カール・ムック<br />Karl Muck
| Img = Karl Muck 1.jpg
| Img_capt = 1914年
| Img_size = 221
| Landscape = <!-- 画像の横幅が広く、高さが小さい場合に“yes”を記入 -->
| Alias =
| Blood = <!-- 個人のみ -->
| School_background = [[フェリックス・メンデプレヒトスゾーンカーバルトディ音楽演劇大学デルベルクプツィヒ|ハイデルベルク大学]]卒<br />[[ライプツィヒ音楽院]]
| Born = [[1859年]][[10月22日]]<br />{{DEU1815}}<br />[[ファイル:Flagge Großherzogtum Hessen ohne Wappen.svg|25x20px|ヘッセン大公国の国旗]] [[ヘッセン大公国]] [[ダルムシュタット]]
| Died = {{死亡年月日と没年齢|1859|10|22|1940|3|3}}<br />{{DEU1935}} [[シュトゥットガルト]]
}}
{{Portal|クラシック音楽}}
'''カール・ムック'''('''Karl Muck''', [[1859年]][[10月22日]] - [[1940年]][[3月3日]])は、[[ダルムシュタットドイツ]]に生まれ[[シュトゥットガルト指揮者]]に没した[[ドイツ]]人。20世紀前半を代表する指揮者の一人である
 
== 歴 ==
[[ダルムシュタット]]の音楽一家に生まれる。当初は[[歴史学]]を専攻、[[1880年]][[ルプレヒト・カール大学ハイデルベルク|ハイデルベルク大学]]にて[[歴史学]]の博士号を取得するが、のちに[[フェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディ音楽演劇大学ライプツィヒ|ライプツィヒ音楽院]]に学び、[[ゲヴァントハウス管弦楽団]]のソリストとして音楽家に転身する。以降、[[チューリヒ歌劇場]]の合唱指揮者を皮切りに、[[第一次世界大戦]]前の一時期を除き、主にドイツ・[[オーストリア]]圏で活躍した。とくに[[リヒャルト・ワーグナー|ワーグナー]]の権威として知られ名を上げ、[[1901年]]から、主宰者[[ヴィニフレート・ワーグナー]]と訣別する[[1930年]]までのおよそ30年にわたって[[バイロイト音楽祭]]に客演し、『[[パルジファル]]』の上演に携わった。20世紀前半を代表する[[指揮者シュトゥットガルト]]の一人であるにて没
 
== 評価 ==
*"a''(A) very great master, whose reliability, maturity and selfless dedication are not equaled by any living artist." ''『ムックは、その信頼度、円熟度、音楽に対する無私の献身において当今並び立つものがいない偉大なマエストロ』([[アルトゥル・シュナーベル]])
*"an''(A)n ideal accompanist." ''『理想の伴奏者』([[イグナツィ・パデレフスキ]])
*"''Though old enough to be part of generation known for taking liberties with the score and indulging in flexible tempos, he was by contrast disciplined and direct, less concerned with placing his personal stamp on a score than on demonstrating fidelity to the score and ceding a certain interpretive anonymity." ''『ムックはスコアに対する放縦な解釈、恣意的なテンポの設定が当たり前だと考えられていた世代に属する指揮者だが、例外的に、わたくしを滅し、スコアに忠実であることを旨としていた』([[ハロルド・ショーンバーグ]])
 
== 録音 ==
ムックは[[グスタフ・マーラー]]よりも1歳年長であるが、いくつかの録音を遺している。
*[[ボストン交響楽団]]を指揮した[[ピョートル・チャイコフスキー|チャイコフスキー]]、[[エクトル・ベルリオーズ|ベルリオーズ]]、[[エルマンノ・ヴォルフ=フェラーリ|ヴォルフ=フェラーリ]]などの小品集
*[[シュターツカペレ・ベルリン|ベルリン国立歌劇場管弦楽団]]を指揮した[[リヒャルト・ワーグナー|ワーグナー]]の管弦楽曲集
*ベルリン国立歌劇場管弦楽団、[[バイロイト祝祭管弦楽団]]を指揮した『[[パルジファル]]』(抜粋)
 
== 参考文献 ==
{{参照方法|section=1|date=2013年12月12日 (木) 15:10 (UTC)}}
*[[ハロルド・ショーンバーグ|Harold C. Schonberg]], ''The Great Conductors'' (NY: Simon and Schuster, 1967), ISBN 0671207350
 
{{先代次代|<small>[[プラハ・ドイツ歌劇場]]<br />音楽監督|1891年 - 1892年|[[グスタフ・マーラー]]|[[レオ・ブレッヒ]]</small>}}
{{先代次代|<small>[[ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団]]<br />客演指揮者|1903年 - 1906年|[[ヨーゼフ・ヘルメスベルガー2世]](常任指揮者)|[[フェリックス・ワインガルトナー]](常任指揮者)</small>}}
{{先代次代|<small>[[ハンブルク・フィルハーモニー管弦楽団|ハンブルク・フィルハーモニー協会]]<br />音楽監督|1922年 - 1933年|[[マックス・フィードラー]]|[[オイゲン・ヨッフム]]</small>}}
 
{{Template:ベルリン国立歌劇場 音楽総監督}}
{{Template:ボストベルリ交響楽団国立歌劇場 音楽監督}}
{{ボストン交響楽団音楽監督}}
{{DEFAULTSORT:むつく かある}}
 
{{DEFAULTSORTデフォルトソート:むつく かある}}
[[Category:ドイツの指揮者]]
[[Category:ダルムシュタット出身の人物]]