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'''三忠碑'''(さんちゅうひ)とは、[[天正]]17年(([[1589年)]])に起こった[[摺上原の戦い]]において主君の危急を救うために戦死した[[蘆名氏]]の家臣三名([[金上盛備]]・[[佐瀬種常]]・[[佐瀬常雄]])の忠誠心を後世に伝えるために建てられた石碑である。[[嘉永]]3年(([[1850年)]])に[[会津藩]]主・[[松平容敬]]が古戦場跡に建立した。碑文は儒学者・[[高津泰]]の撰で、書は[[唐]]の[[顔真卿]]の書体を集めて刻んだ。碑は[[福島県]][[耶麻郡]][[猪苗代町]]長田の五十軒集落の北側に位置しており、この辺りは[[江戸時代]]は二本松街道が通っていた。なお、碑は現在猪苗代町[[史跡]]に指定されている。
 
== 関連項目 ==
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*[[伊達政宗]]
 
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[[Category:蘆名氏|*さんちゆうひ]]
[[Category:福島県猪苗代町の歴史|さんちゅうひ]]
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