「榊原英資」の版間の差分

(現時点でのシステム上の問題なのですが、脚注の中(<ref>から</ref>の間)では「~~~~~」は使えないので直接記入。本来の日付は履歴で確認しました)
1995年に起こった[[大和銀行ニューヨーク支店巨額損失事件]]において、大和銀行から報告を受けながらも6週間も発表が遅延したことに関し、当時国際金融局長であった榊原はその理由として「(連絡しなかったことは)適切な措置であり、日米の文化の違いが理由だ」と述べた<ref>『大和銀事件で大蔵省・榊原国際金融局長 米への連絡遅れは「文化の違い」』産経新聞 1995年10月16日 夕刊</ref>。 この説明に対し、米下院公聴会で非難が集中した<ref>[[小室直樹]] 『これでも国家と呼べるのか―万死に値する大蔵・外務官僚の罪』 クレスト社 199602 ISBN 4877120351 ISBN 978-4877120351 {{要ページ番号|date=2013年12月9日 (月) 04:39 (UTC)}}</ref>。
 
2013年2月17日の[[朝日新聞]]インタビューで、[[尖閣諸島]]を巡る問題の発端は、[[石原慎太郎|石原元知事]]や[[野田政権]]の購入・国有化の動きにあった。波風を立てた日本自身が外交的解決に向けて、あらゆる努力をすべきだ」と発言した<ref>朝日新聞朝刊「どっちにもつく立場を生かせ」(2013年2月17日)</ref>。
 
== 役職 ==
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