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==戦闘==
[[ニケフォロス1世]]はブルガリアの首都プリスカを占領し、町を焼き払い廃墟にした。クルムは和平を結ぼうとしたが、ニケフォロス1世はこれを受け入れず、さらに進軍した。一方クルムも、侵攻路に柵をひそかに建設させ、東ローマ軍の退路を断ち、戦闘の準備をしていた。7月25日、{{仮リンク|バルビツィア峠|en|Varbitsa Pass}}に差し掛かった東ローマ軍は、ブルガリア軍の夜襲を受け、壊滅的な敗北を喫した。逃げ出した兵士も高い柵を乗り越えようとして死んだ。皇帝[[ニケフォロス1世]]もこの戦いで戦死した。後の伝説によると、ニケフォロスの頭蓋骨は[[髑髏杯]]にされてクルムに献上されたという。
 
== 名称 ==
なお、バルビツィア峠はプリスカの西南約80km地点にあり、プレスラフからも30km西南にあたる。ニケフォロス軍のプリスカ占領時は若干の守備隊を除いて、主力軍はいなかった。このことから、この戦いの名称はバルビツィア峠の戦いと呼ぶ方が適している([[ブルガリア語版ウィキペディア]]でも「[[:bg:Битка при Върбишкия проход|Битка при Върбишкия проход]](バルビツィア峠の戦い)」となっている。
 
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