「美濃部正」の版間の差分

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== 特攻 ==
美濃部少佐は特攻に反対した人物として知られている。しかし夜間攻撃を重視してのことであり特攻戦法自体の全てには否定的ではなかったたが、生還を期しパイロットが納得できる通常の作戦に戻るべきだと考えて
 
フィリピンで特攻が開始された際には夜戦を説き特攻に参加しないことを[[大西瀧治郎]]から容認された<ref>[[猪口力平]]・[[中島正]]『神風特別攻撃隊の記録』雪華社、p.172</ref>。この話し合いの際、「生還率ゼロの命令をだす権利は指揮官と言えども持っていない」「この世で罪人以外は自らの命を他人に命じられて失うことはおかしい」と大西に語り、やがて彼は「こんなむごい戦争があるか」と声を荒げて答えたと言う<ref>『昭和史忘れえぬ証言者たち』p.57</ref>。夜間部隊の中で特攻への不安が漂った際には「夜戦できる搭乗員が少ないのに特攻をやっては練成が間に合わなくなるのでうちはやらない」と話し部隊には安心感が漂ったという<ref>『特攻拒否の異色集団彗星夜襲隊』p.86</ref>。
 
第三航空艦隊における会議に美濃部が参加した際には、艦隊司令部が練習機で特攻をやらせる案を提示したため、末席の美濃部は練習機では敵戦闘機の防御網を突破できないと反論した。すると司令部参謀は必死尽忠の士の進撃を何者がこれをさえぎるか、第一線の少壮士官が何を言うと叱責するが、美濃部は指揮官や幕僚が自ら突入しようとしないことと、彼らがろくに空中戦を経験していないことを非難し<ref>『昭和史忘れえぬ証言者たち』p.54</ref>、「現場の兵士は誰も死を恐れていません。ただ、指揮官には死に場所に相応しい戦果を与える義務があります。練習機で特攻しても十重二十重と待ち受けるグラマンに撃墜され、戦果をあげることが出来ないのは明白です。白菊や練習機による特攻を推進なさるなら、ここにいらっしゃる方々が、それに乗って攻撃してみるといいでしょう。私が零戦一機で全部、撃ち落として見せます」と言った<ref>『特攻拒否の異色集団彗星夜襲隊』pp.104-108</ref>。この反対論を述べた際、美濃部は死刑に処せられることを覚悟していた<ref>『昭和史忘れえぬ証言者たち』p.56</ref>。
 
戦争末期には、[[決号作戦]]([[本土決戦]])に備えて芙蓉部隊も24機編成の特攻隊を組んだが、美濃部は自分自身をその指揮官にして準備していた。地上隊員も敵進攻に合せて基地に火を放ち堀の中で爆弾を抱えて自爆する戦法をとる。志願者は士官や階級など分けずに募った。志願者以外はその混乱に乗じて民間人にまぎれて逃げ切るというものであった<ref>『特攻拒否の異色集団彗星夜襲隊』p.267</ref>。
 
戦後美濃部は特攻について、「戦後よく特攻戦法を批判する人がいるが、それは戦いの勝ち負けを度外視した、戦後の迎合的統率理念にすぎない。当時の軍籍に身を置いた者にとって負けてよい戦法は論外である。不可能を可能とすべき代案なきかぎり特攻もまたやむをえないと今でも思う。戦いの厳しさはヒューマニズムで批判できるほど生易しいものではない。」と語っている<ref>『特攻拒否の異色集団彗星夜襲隊』p.109</ref>。
また「ああいう愚かな作戦をなぜあみだしたか、私は今もそれを考えている」とも語っている<ref>『昭和史忘れえぬ証言者たち』p.58</ref>。
 
== 脚注 ==