「木村庄之助 (31代)」の版間の差分

[[北海道]][[上川郡_(石狩国)|上川郡]][[美瑛町]]出身。本名は阿部正夫(あべまさお)。
 
「'''髭の伊之助'''」として知られる[[式守伊之助_(19代)|19代式守伊之助]]に入門。[[木村庄之助_(27代)|27代木村庄之助]]と[[三役]]格[[式守与太夫_(10代)|10代式守与太夫]]は兄弟子にあたり、同期生には[[木村庄之助 (30代)|30代庄之助]]、[[木村庄之助 (32代)|32代庄之助]]、[[木村庄之助_(33代)|33代庄之助]]がいる。[[1955年]]5月場所に式守正夫の名で[[初土俵]]を踏む。[[1970年]]7月に[[十両]]格に昇格。[[1974年]]7月に後に木村正三郎と改名。[[1985年]]1月場所に[[幕内]]格に昇格、同時に師匠の前名である[[木村庄三郎]](9代)と襲名する([[番付]]の誤記により翌3月場所のみ旧名の木村正三郎を名乗った)。[[1995年]]1月、同期の[[木村庄之助_(30代)|2代木村容堂]]とともに[[三役]]格に昇格。[[2001年]]11月[[立行司]]32代[[式守伊之助]]に昇格。[[木村庄之助_(30代)|30代庄之助]]停年から2場所後の[[2003年]]5月に31代木村庄之助を襲名。伊之助9場所、庄之助16場所勤めた。[[2005年]]11月場所後に停年。最後の取組は[[横綱]][[朝青龍明徳|朝青龍]]-[[大関]][[千代大海龍二|千代大海]](現[[佐ノ山]])。
 
時間いっぱいでの立ち合い前は、'''「時間ですっ!互いに見合わせて」'''だったが、声小さく聞き取りにくかった。立ち合い後は'''「はっきよーい!のこったっのこったっのこったぁ!」'''。ハリのある力強い呼び上げと掛け声が特徴的で、軍配裁き、知識、指導力にも優れていた。掛け声は三役格時代の[[2001年]]7月までは、'''「はっきよーい!のこっのこっのこっのこっのこったぁ!」'''とリズミカルな掛け声であった。
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