「貿易摩擦」の版間の差分

細部の編集、悪い例え除去
m (→‎国際収支: リンク追加)
(細部の編集、悪い例え除去)
'''貿易摩擦'''(ぼうえきまさつ)とは、特定国に対する[[輸出]]・[[輸入]]の極端な偏りから起きる問題のこと。貿易相手国との経常収支の不均衡が国内経済に悪影響を及ぼすと信じられ、両国間に摩擦が生じることをいう。広義には、[[投資摩擦]]を含めて論じられることもある。
 
== 概要解説 ==
貿易摩擦が起こるのは、輸入される製品が国産品と競合する場合である。近年日本あればは2001年に、ネギ、生シイタケ、畳のイ草の3品目について中国からの輸入量が急増したため、[[緊急輸入制限|セーフガード(緊急輸入制限措置)]]が発動されたが、国内にも生産者がいるため、輸入品の方が安いといったケースでは市場を奪われる国内生産者から反発の声が高まりやすい。しかし、では、なぜ中国産のネギや生シイタケやイ草を日本が輸入するかといえば、最終的には消費者がより安い品を求めるからだといえる。競合する外国製品の輸入は国内の生産者にとってはできれば禁止してほしいものであるが、国内の消費者から見ると、選択の幅が広がり、競争が促進されることでよりよい品をより安く買える可能性が高まるという利点もある。このように交易の点で国際貿易の拡大は国内消費者に大きな利便(便益)をもたらすが、しばしば貿易摩擦が政治問題化するのは業態転換(農作物では作付転換)や就労者の職種転換が交易条件の変化に即応することが容易ではないためである。生産者や国内産業を保護する目的で[[緊急輸入制限]]が実施される場合がある。
 
競合する外国製品の輸入は国内の生産者にとってはできれば禁止してほしいものであるが、国内の消費者から見ると、選択の幅が広がり、競争が促進されることでよりよい品をより安く買える可能性が高まるという利点もある。
 
このように交易の点で国際貿易の拡大は国内消費者に大きな利便(便益)をもたらすが、しばしば貿易摩擦が政治問題化するのは業態転換(農作物では作付転換)や就労者の職種転換が交易条件の変化に即応することが容易ではないためである。生産者や国内産業を保護する目的で緊急輸入制限が実施される場合がある。
 
== 国際収支 ==
{{see also|国際収支統計#議論}}
 
輸出額(外国に売った額)から輸入額(外国から買った額)を引いた差額がプラスの場合は'''貿易黒字'''、マイナスの場合は'''貿易赤字'''と呼ばれるが、貿易の黒字・赤字に利益や損失という意味はない。このことは、我々が買い物をする場合を考えてみれば容易に理解できる。客である我々は店から品物を買って代金を店に支払うが、店が我々から何かを買って代金を支払うことはない。お金の動きだけを見れば、店と客との関係でいうと、店は常に黒字(受け取った額>支払った額)であって客は常に赤字(受け取った額<支払った額)である。では、客は常に損をしているのかといえばそうではない。客は代金と引き換えに品物を手に入れているからである。店と客との間では、代金と品物とが交換されたに過ぎず、そこに損も得もない。貿易赤字国が「日本A国との貿易でわが国は巨額の損失を被った」と主張することがあるが、貿易赤字がいかに巨額であってもそのこと自体はその国が損をしたことを意味するものではない。また、かならずしも無理に2国間の貿易黒字・赤字を解消する理由もない。
 
もっとも、貿易赤字が発生すれば、貿易黒字国との間で必ず貿易摩擦が起きるというものではない。例えば、日本とサウジアラビアなど産油国との貿易では、日本が赤字で産油国は黒字である。だからといって、黒字国である産油国に対して「内需拡大や市場開放を促進して、もっと日本製品を買うべきだ」といった要求が日本から出てはいない。日本は国内ではほぼ採れない原油を産油国から輸入しているのであり、それによって誰も困らないからである。もっとも、かつてはエネルギー資源として石油と代替性を持つ石炭が国内で採掘していた経緯があり、石油が輸入されることによって競争にさらされ合理化(人員削減)に晒された炭鉱労働者の中から過激な労働争議が発生した([[日本炭鉱労働組合|炭鉱騒動]])。近年では坑内掘り炭鉱として稼行しているのは[[釧路コールマイン]]のみであり、目立った反対運動は見られない。
アメリカと日欧(とくにドイツ)では産業構造が似ており、鉄鋼、造船、半導体、自動車のあらゆる局面でしばしば貿易摩擦が発生した。ここでは[[加工貿易]]国と資源国との間の交易とは別の要素(産業内競争)が働いており、特に企業間での競争を有利に導くための安値販売攻勢([[ダンピング]])に対しては不公正貿易として関税を課すことができることが国際合意されている。ここで問題とされるのは国際収支の不均衡ではなく独占禁止法理における不当廉売である。
 
== 主義と貿易摩擦際協定 ==
国際間の貿易問題を解決する国際協定に、関税貿易一般協定([[GATT]])がある。1995年1月にはGATTを発展させた形で、世界貿易機関([[WTO]])が発足した。GATTとWTOの違いは、モノだけでなくサービスや知的所有権などを対象とした貿易の自由化の推進と「貿易裁判所」的な立場をさらに強化した点にある。
歴史的に見れば、イギリスと清国(中国)との間に起きた[[アヘン戦争]]は、貿易摩擦の1つの極端な表れだといえる。当時、イギリスでは上流階級のみならず庶民の間でもお茶を飲む風習が広まっており清国からお茶などを輸入していた。一方、清国はイギリスからほとんど何も買わなかったので、両国の貿易ではイギリスが赤字で清国は黒字であった。これを問題視して赤字を解消しようとして実施されたのが当時イギリスの植民地であったインドで栽培したアヘンの密貿易であった。アヘン中毒が蔓延して清国側がアヘン取締りに乗り出すと、イギリスではアヘン商人が「わが国の国益が損なわれる」として議会に働きかけた。[[ウィリアム・グラッドストン]]は「こんな恥ずべき戦争はイギリスの歴史に残る汚点となる」といって批判したが、投票の結果、わずかな票差で開戦が決定された。[[香港]]が長くイギリス領だったのは、アヘン戦争の結果([[南京条約]]のため)である。
 
== 歴史 ==
== ジャパンバッシング ==
=== 帝国主義と貿易摩擦 ===
歴史的に見れば、イギリスと清国(中国)との間に起きた[[アヘン戦争]]は、貿易摩擦の1つの極端な表れだといえる。当時、イギリスでは上流階級のみならず庶民の間でもお茶を飲む風習が広まっており清国からお茶などを輸入していた。一方、清国はイギリスからほとんど何も買わなかったので、両国の貿易ではイギリスが赤字で清国は黒字であった。これを問題視して赤字を解消しようとして実施されたのが当時イギリスの植民地であったインドで栽培したアヘンの密貿易であった。アヘン中毒が蔓延して清国側がアヘン取締りに乗り出すと、イギリスではアヘン商人が「わが国の国益が損なわれる」として議会に働きかけた。[[ウィリアム・グラッドストン]]は「こんな恥ずべき戦争はイギリスの歴史に残る汚点となる」といって批判したが、投票の結果、わずかな票差で開戦が決定された。[[香港]]が長くイギリス領だったのは、アヘン戦争の結果([[南京条約]]のため)である
 
アヘン中毒が蔓延して清国側がアヘン取締りに乗り出すと、イギリスではアヘン商人が「わが国の国益が損なわれる」として議会に働きかけた。[[ウィリアム・グラッドストン]]は「こんな恥ずべき戦争はイギリスの歴史に残る汚点となる」といって批判したが、投票の結果、わずかな票差で開戦が決定された。[[香港]]が長くイギリス領だったのは、アヘン戦争の結果([[南京条約]]のため)である。
 
=== ジャパンバッシング ===
{{See also|日米経済摩擦}}
今日では、貿易摩擦問題で戦争にまで発展することはないが、[[日本]]の場合、1970年代以降日本車の海外輸出超過によって[[アメリカ合衆国]]の自動車産業に影響を与えたとして政治問題となった。日本では「日米自動車摩擦」と呼んでいたが、アメリカでは端的に「[[デトロイト]]問題」と呼んでいた(デトロイトには自動車産業が集中していた)。アメリカ側は、日本に対して牛肉やオレンジなどの農産物の輸入拡大を求めたほか、内需拡大や市場開放をも迫った(これを背景に[[日本航空]]は[[ボーイング747]]を113機も導入し、維持費が経営を圧迫して破綻の一因となる)。また、一部のアメリカの労働者は抗議活動の一環として日本車を破壊するパフォーマンスを行った。その後、日本の自動車産業は輸出販売を削減し現地の[[雇用]]に悪影響を与えにくいとされる海外現地生産に主力を置くようになった。
 
[[日本]]では、1970年代以降日本車の海外輸出超過によって[[アメリカ合衆国]]の自動車産業に影響を与えたとして政治問題となった。日本では「日米自動車摩擦」と呼んでいたが、アメリカでは端的に「[[デトロイト]]問題」と呼んでいた(デトロイトには自動車産業が集中していた)。
== 国際協定 ==
 
国際間の貿易問題を解決する国際協定に、関税貿易一般協定([[GATT]])がある。1995年1月にはGATTを発展させた形で、世界貿易機関([[WTO]])が発足した。GATTとWTOの違いは、モノだけでなくサービスや知的所有権などを対象とした貿易の自由化の推進と「貿易裁判所」的な立場をさらに強化した点にある。
今日では、貿易摩擦問題で戦争にまで発展することはないが、[[日本]]の場合、1970年代以降日本車の海外輸出超過によって[[アメリカ合衆国]]の自動車産業に影響を与えたとして政治問題となった。日本では「日米自動車摩擦」と呼んでいたが、アメリカでは端的に「[[デトロイト]]問題」と呼んでいた(デトロイトには自動車産業が集中していた)。アメリカ側は、日本に対して牛肉やオレンジなどの農産物の輸入拡大を求めたほか、内需拡大や市場開放をも迫った(これを背景に[[日本航空]]は[[ボーイング747]]を113機も導入し、維持費が経営を圧迫して破綻の一因となる)。また、一部のアメリカの労働者は抗議活動の一環として日本車を破壊するパフォーマンスを行った。その後、日本の自動車産業は輸出販売を削減し現地の[[雇用]]に悪影響を与えにくいとされる海外現地生産に主力を置くようになった。
 
その後、日本の自動車産業は輸出販売を削減し現地の[[雇用]]に悪影響を与えにくいとされる海外現地生産に主力を置くようになった。
 
== 関連項目 ==