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{{参照方法|date=2013年7月}}
{{Infobox 漫画家|
| 名前 = 木城 ゆきと
}}
{{漫画}}
'''木城 ゆきと'''(きしろ ゆきと-、[[1967年]][[3月20日]] -)は、[[日本]][[男性]][[漫画家]]。[[東京都]]出身、[[千葉県]]育ち。[[血液型]][[ABO式血液型|O型]]。作品に[[SF漫画]]『[[銃夢]]』(ガンム)がある。<!--NOR : 繊細なタッチと大胆なアクション描写で人気を得る。濃密な設定のSF要素は海外輸出され、高く評価されている。-->弟の木城ツトムは兄専属で漫画[[アシスタント (漫画)|アシスタント]]をしている。
 
== 略歴 ==
[[1967年]]、[[東京都]][[大田区]][[蒲田]]に長男として生まれる。両親は当時肉屋を営んでいた。約1年後、[[千葉県]][[柏市]]逆井に引っ越し、父親はタイル職人に転職する。木城は幼い頃から絵を描くことが好きで、小学生の頃には大学ノート15冊に自作の漫画を描いている。[[1982年]]、[[茨城県]]へ引越し、[[茨城県立筑波高等学校|筑波高校]]へ入学、美術部に在籍した。この頃から、漫画家になることを目指し始め、高校在学中に1000頁の原稿を描き上げることと、新人賞に入賞することを目標に漫画を描き始める。高校3年在学時の[[1984年]]、SF漫画『気怪』を第15回[[小学館新人コミック大賞]]に投稿し、入選する。同作品は[[漫画雑誌]]『[[週刊少年サンデー]]』([[小学館]])に掲載(YUKITO名義)され、デビュー作となる。<ref>木城ゆきと 『飛人』 集英社</ref>
 
高校卒業後の[[1985年]]、[[新聞奨学生]]として[[専門学校東京デザイナー学院|東京デザイナー学院]]の商業デザイン科に入学するも、学校へは余り行かなくなる。その後、[[同人誌]]活動を一時期行っている。[[1988年]]からは商業誌に活動の場を移し、読み切り作品を数本描いている。
 
この活動を通じて、後に[[集英社]]で木城の担当編集になる人物と出会い、この担当とのやり取りで、[[1990年]]の前半には『銃夢』の原型となる作品のネームが出来ている。その後『銃夢』の連載が決定し、[[1990年]]12月発売の隔週漫画雑誌『[[ビジネスジャンプ]]』(集英社)にて自身初の連載を開始した。しかし[[1994年]]、作者曰く「ある事件」がきっかけで原稿恐怖症、[[対人恐怖症]]のノイローゼ状態となり、『銃夢』は当初考えていなかった結末に差し替え、連載を終了した。<ref>木城ゆきと 『銃夢外伝』 集英社、あとがき</ref>
 
その後は『[[ウルトラジャンプ]]』(集英社)にて『[[灰者]]』『[[水中騎士]]』を連載、その後[[2000年]]より同誌にて『銃夢』の続編となる『[[銃夢 LastOrder]]』を連載していたが、『銃夢』新装版における表現問題を巡って集英社と木城との間で意見の食い違いがあり連載を中断<ref>[http://yukitolog.blogspot.com/2010_08_01_archive.html 新・きまぐれゆきと帳 8月 2010](木城ゆきとのブログ2010年8月分、2011年4月13日閲覧)</ref>、その後[[2011年]]に『[[イブニング]]』([[講談社]])へ『銃夢 LastOrder』の連載を移籍することとなった。
 
== 参考資料 ==
* 木城ゆきと 諸作品あとがき
* 木城ゆきと 『飛人』 集英社〈YOUNG JUMP 愛蔵版〉、1997年、237頁、248頁。
* 木城ゆきと 「[http://jajatom.moo.jp/y-shosai/yukichro/yukichro01.html ゆきとクロニクル]」『[http://jajatom.moo.jp/ ゆきとぴあ]』。
 
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