「角川春樹事務所」の版間の差分

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== 概要 ==
[[1995年]]、[[角川春樹]]が自分の[[角川書店]]の持ち株を弟の[[角川歴彦]]に譲り、その資金によって設立された<ref>「映画トピックジャーナル」『キネマ旬報』1996年4月上旬号 p170-p171</ref>。角川春樹を社長に、顧問には作家の[[森村誠一]]と辻井喬([[堤清二]])、[[飛鳥新社]]社長の土井尚道、[[紀伊國屋書店]]社長の[[松原治]]、弁護士の[[河上和雄]]が就任した[[取次コード]]を取得していない設立当初は小説は飛鳥新社、堅めの本は紀伊國屋書店を通じて刊行した<ref>「角川春樹事務所を設立し出版や映画事業を再開へ 顧問には森村誠一、提清二やヤメ検の河上和雄まで」『噂の真相』1995年6月号、p.9</ref>。
 
出版事業を主業務とし、マルチメディア事業や映画・ビデオの企画制作も手がける。
 
角川春樹は[[角川書店]]の社長時代にも、映画製作会社および[[芸能事務所]]として同名のグループ企業を[[1976年]]に設立していたが、この企業は[[1992年]]に角川書店本体に吸収されている([[角川映画]]も参照)。本記事の企業はこれとは全くの別会社であり、また本記事の企業と[[角川グループ|角川書店グループ]]には資本関係は存在しない。
 
出版事業を主業務とし、マルチメディア事業や映画・ビデオの企画制作も手がける。当初は書籍のみの出版で雑誌手掛けていなかったが、1994年に資金繰りに窮した飛鳥新社からの申し出で『[[Popteen|ポップティーン]]』を6億円で買い取り、雑誌へ進出した<ref>角川春樹『わが闘争 不良青年は世界を目指す』イースト・プレス、2005年、pp.173、195</ref>。
 
2005年3月、映画『[[男たちの大和/YAMATO]]』の製作費捻出のために角川春樹が自身の持ち分78.3%のうち30%の株式を遊興機械メーカー・[[フィールズ (企業)|フィールズ]]に売却したフィールズとは業務提携結んでいる<ref>[http://www.fields.biz/ir/j/about/history/ 会社沿革 フィールズについて] フィールズ公式サイト</ref><ref>角川春樹『わが闘争 不良青年は世界を目指す』イースト・プレス、2005年、pp.198、214</ref>。
 
== 主な発行物 ==
=== 雑誌 ===
* [[Popteen|Popteen(ポップティーン)]]
* [[PopSister|PopSister(ポップシスター)]]
* [[小松左京]]マガジン
 
=== 書籍 ===
* ハルキ文庫
* ハルキノベルズ
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