「国鉄マロネ40形客車」の版間の差分

独自研究ではない!過去のKONE氏の編集でも認めているでしょう。 219.109.48.17氏が初出です。
(しくつ (会話) による ID:50398717 の版を取り消し それは独自研究(WP:OR)では?)
(独自研究ではない!過去のKONE氏の編集でも認めているでしょう。 219.109.48.17氏が初出です。)
 
=== 車内設備 ===
現在の[[ツインデラックス]]にも相当する、片廊下式の2人用個室寝台4室8名分と、中央通路のプルマン式開放寝台8区画16名分の寝台を備える。また、トイレを車体の両端に備えている。
 
従来の日本における優等寝台車の開放式寝台は、幅が狭く昼間時はロングシートとなるツーリスト式が主流であった。プルマン式寝台の採用例は、1938年に鷹取工場で製造された1・2等寝台緩急車の[[国鉄スハ32系客車#寝台車(丸屋根車)|マイロネフ37290形]](37290~37292、1941年にスイロネフ38形となる)があったが、これは実際には皇族・貴賓客用の特別車であり、本格的なプルマン式の採用は本形式が最初である。ただし、MRSの要求により寝台の長さは1930mmとされ,これ以降のプルマン式寝台の1900mmとは異なっている。また、開放式寝台の仕切板は取り外し式としたが、当時入手できた[[ベニヤ]]板では良質なものが得られない事から、製造メーカーのうち日本車輌では[[ピアノ]]の木工技術を頼って[[日本楽器]]に依頼したと言われている。室内の布団生地・カーテンはこれまでの一等車用のものから新規に[[西陣織]]を採用した。
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