削除された内容 追加された内容
{{半保護}}
ヨモギ (会話 | 投稿記録)
82行目:
また、現代においての評価の低さはドラマによるところが最も大きい。というのも綱吉がドラマに登場するのは基本的に『[[忠臣蔵]]』関連か『[[水戸黄門]]』関連のドラマのどちらかであることが多いためである(そのためか歴代徳川将軍の中でも知名度の高い部類に入る)。
 
『忠臣蔵』([[元禄赤穂事件]])では大抵の場合、[[高家 (江戸時代)|高家]]・[[吉良義央]]が浅野長矩へ悪態いじめ見せる姿が描かれる。その結果、長矩にのみ切腹を命じて義央の罪を問わなかった綱吉には「いじめっ子」義央の悪態に加担したかのような否定的イメージが付きまとってしまう。このことも、綱吉の評価を実際以上に低めていると言える。
 
そして綱吉のもう一つの不運は『水戸黄門』徳川光圀の存在である。光圀には生類憐れみの令に抗議して犬の毛皮を送ったという逸話を中心に綱吉に直言したという記録がいくつかあるため、水戸黄門の物語中では悪役を割り当てられてしまっている。また、光圀が『[[大日本史]]』を編纂し、綱吉が自ら[[易経]]を講じるなど、類似した方向性を持っていたことから、水戸黄門ファンの中には、黄門を持ち上げるためにことさらに綱吉をけなすという風潮もある<ref>鈴木一夫「水戸黄門 - 江戸のマルチ人間・徳川光圀」など。</ref>。