「上条城 (尾張国)」の版間の差分

* [[建保]]6年([[1218年]]) 小坂光善が上条城を築城。その後、小坂家(林家)は近江国に移住。
 
* [[南北朝時代 (日本)|南北朝時代]]初期 [[上条入道]]が支配。後に[[林重之]]の代に[[近江国]]からこの地に戻る
 
* [[文明 (日本)|文明]]18年([[1486年]]) 当時の上条城主である[[林重緒]]が仁済宗恕を招いて[[泰岳寺]]を開山。
* [[林重之]]の代に[[近江国]]からこの地域に戻った。
 
* [[文明 (日本)|文明]]18年([[1486年]])に当時の上条城主である[[林重緒]]が仁済宗恕を招いて[[泰岳寺]]を開山。
 
=== 室町・戦国時代 ===
 
=== 昭和時代 ===
* [[昭和]]52年([[1977年]])[[5月20日]] [[江戸時代]]に建てら築された現存建造物であった母屋が火事により焼失した
 
=== 現代 ===
* [[本丸]]の跡地は個人宅だったが、現在は最初から[[堀]]や[[土塁]]などの遺構がなかった所を残しつつ本丸を[[月極駐車場]]して、[[天守]]台や[[石垣]]、堀、土塁などの遺構が残っているところはそのまま残され活用しており、石碑の建っている少し高いところから城全体を見ることができる。付近には母屋が3棟ほどある。本丸の脇に林金兵衛の屋敷跡の石碑が2つ建立されている。<ref>上条城の石碑も存在したが現在は無く、所在不明となっている。</ref>
 
* [[平成]]18年([[2006年]]) [[春日井市]]が調査した際に一部に水田耕土と思われる層位が発見され、水田を埋め立てて上条城が築かれた可能性があるといわれている。現存する北側の堀や土塁は築城当初とは形が異なっていることが確認されたことから、築城後に改修されたと見られている。なお、城域の全容は確認できてない。
 
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