「古賀茂明」の版間の差分

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その後、就任した[[仙谷由人]]行政刷新大臣は、当初は公務員改革への意欲をみせ古賀を補佐官に就かせ行政改革を続けさせるつもりでいたものの、そのような人事は財務省が認めないとの[[古川元久]]内閣府副大臣や[[松井孝治]]内閣官房副長官ら官僚出身議員からの進言を受け断念。[[2009年]](平成21年)12月、唐突に国家公務員制度改革推進本部の幹部全員が解任され、古賀も内閣事務官の任を解かれ、[[経済産業省]]に戻ったが、それ以降は仮置きの部署である「[[経済産業省大臣官房]]付」に長期間留め置かれる異例の人事措置が取られる。この間、数度にわたりマスコミを通じて[[民国連立政権|政府]]の公務員制度改革案を批判し、広く名を知られるようになった。官僚批判の著書も出版し、ベストセラーになっている。
 
[[2011年]](平成23年)6月、7月15日までに辞職届を提出するよう[[海江田万里]][[経済産業大臣]]及び[[松永和夫]][[経済産業省|経済産業]][[事務次官]]から通達されるが、これに応じなかった。同年7月には事実上の退職勧奨である民間出向の打診も受けたがこれも拒否した。しかし、[[枝野幸男]]経産相の就任後に同省の立岡恒良官房長から「枝野大臣は辞める手続きを進めてくれと言っている」と連絡があったため、9月26日付で辞職することを明らかにした。ところが枝野経産相は「私が直接対応すべき事務次官級幹部官僚人事ではない。事務次官以下に任せる」との発言があったため、古賀は「これは民主党が提言した党主導で行う官僚人事のひとつであり、官僚である事務次官以下で決めるのはおかしい。辞表を撤回して再度(枝野に)大臣としての判断を求める」としていたが<ref>[http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20110920/284648/?ST=business&P=1 宙に浮く「改革派官僚」古賀茂明氏の処遇、民主党はなぜ異能の人材を登用しないのか| nikkei BPnet 〈日経BPネット〉]</ref>、経産省の官房長から退職を促されたために<ref>[http://web.archive.org/20110924035505/www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20110923/plt1109231251001-n1.htm “インチキ民主の犠牲者”古賀茂明氏が辞表提出! - 政治・社会 - ZAKZAK]</ref>9月22日、同月26日付で辞職する内容の辞表を提出した。一方、同じ経済産業省出身で[[京都大学]][[大学院]][[准教授]](当時)の[[中野剛志]]は[[2012年]][[5月]]に収録された[[超人大陸]]の中で触れ、古賀について「肩たたき(退職)の年次だっただけ。」として、慣例に従った人事であると指摘した。<ref>超人大陸2012年6月4日配信</ref>
 
各種報道媒体で公務員改革の主張や、東京電力批判などをするようになってからは、[[川崎市]]の自宅玄関前に血を流した[[ハクビシン]]の死体が置いてあったり、近所の家や街灯には電気が通っているのに古賀の自宅のみが停電するなどの事態が生じているが、人為的ではなく偶然の可能性もあり、被害届等は出していない<ref>[http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20110802/plt1108021142003-n1.htm “クビ官僚”に闇の圧力!玄関に血まみれ死体の恐怖 - 政治・社会 - ZAKZAK] 5月上旬の朝、古賀氏が川崎市内にある自宅の玄関を開けると、ハクビシンが頭と口から血を流して死んでいた。近所には林もあり、野生のハクビシンはいるが、その状況は尋常ではなかった。死体の硬さなど、そこで死んだとは思えなかった。</ref>。
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