「田野畑村」の版間の差分

m
リンク切れ
(空中写真作成)
m (リンク切れ)
* [[慶長]]16年[[10月28日 (旧暦)|10月28日]]([[1611年]][[12月2日]]) :三陸沖で[[慶長三陸地震]]が発生し、これに伴う津波によって大きな被害が出た。
* {{Anchors|明治三陸地震|津波石|}}[[1896年]]([[明治]]29年)[[6月15日]] :三陸沖で[[明治三陸地震]]が発生し、これに伴って起こった津波([[明治三陸地震#明治三陸大津波|明治三陸大津波]])に襲われた三陸海岸一帯(田野畑村を含む)は甚大な被害を受けた。
** [[1970年]]([[昭和]]45年) :田野畑村羅賀(らが)地区を訪問した小説家・[[吉村昭]]が、当時少年であった老人から津波の遡上高についての証言を得る。それがのちに[[国土地理院]]の地図情報と照合された結果、[[高さ#地理|海抜]]25[[メートル|m]]程度の陸にまで海水が駆け上がっていたとの見解が示された。また、この海抜約25m、海岸から約360mの場所には、いずれも約2[[トン|t]]という大きな2個の[[堆積岩]]があり、明治三陸大津波が運んだ物として長く語り継がれていた<ref name="津波石,2011-04-13">{{Cite news |title=明治三陸津波で打ち上げられた津波石「本当だった」|url=http://www.kahoku.co.jp/news/2011/04/20110413t33040.htm |work=KoLnet(ウェブサイト)|publisher=[[河北新報社]] |date=2011-04-13 |accessdate=2011-04-15|archiveurl=http://web.archive.org/20110416053815/www.kahoku.co.jp/news/2011/04/20110413t33040.htm|archivedate=2011-04-16}}</ref>。これより下に生活拠点を置くべきではないという戒めを籠め、2つの岩は「津波石」の名で呼ばれている<ref name="津波石,2011-04-13" />。
* [[1933年]]([[昭和]]8年)[[3月3日]] :三陸沖で[[昭和三陸地震]]が発生し、これに伴って起こった大津波による被害甚大。
* [[1955年]](昭和30年)5月2日 :[[北山崎]]と[[鵜ノ巣断崖]]が陸中海岸国立公園(現・[[三陸復興国立公園]])の指定地域の一つとなる。
</ref>、この地震が引き起こした[[津波|大津波]]によって[[被災者|被災]]し、死者・[[行方不明|行方不明者]]40人を出した<ref>{{Cite web |title=1人でも救いたかった…岩手派遣の県警援助隊が会見 |url=http://mytown.asahi.com/areanews/nara/OSK201103180056.html |work=asahi.com(ウェブサイト) |publisher=[[朝日新聞社]] |date=2011-03-19 |accessdate=2011-03-21}}</ref><ref>''cf.''<!--参考に留めること--> {{Cite news |title=岩手県内の被災状況(県と県警まとめ)|url=http://www.iwate-np.co.jp/index.html |work=岩手日報WebNews |publisher=[[岩手日報]]|date=2011年4月xx日 |accessdate=2011-04-19}}</ref>。 ''cf.'' [[東日本大震災]]。
** 村域にある[[島越駅]]([[三陸鉄道]][[北リアス線]])は高さ約10[[メートル|m]]の[[鉄筋コンクリート]]製[[橋|橋梁]]の上に設けられた[[高架駅]]であったが、津波に呑み込まれて[[鉄道駅#地上駅|駅舎]]・[[プラットホーム]]・[[線路]]が全て流失。[[橋脚]]の一部の残骸を残すのみとなった<ref>{{Cite news |title=三陸鉄道「国の支援なければ、もはや何も…」|url=http://www.yomiuri.co.jp/feature/20110316-866918/news/20110405-OYT1T00559.htm |work=YOMIURI ONLINE |publisher=[[読売新聞社]] |date=2011-04-05 |accessdate=2011-04-05}}</ref>。
** 人口約4,200人の1割にあたる約400人が[[漁業]]関係の就労者で、[[漁師]]180人のうち60歳以上が約80人という田野畑村であるが、[[漁船]]565隻中の512隻、漁協事務所、魚市場、[[養殖]]施設などが流失し、漁業関係の被害額だけで村の財政規模の約2倍にあたる76億円と推算されることから、自力での復興は困難と考えられる(4月21日の取材)<ref>{{Cite news |title=東日本大震災:零細漁村、復興への道筋見えず 高齢化、膨大な費用 - 岩手・田野畑 |url=http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110421dde041040066000c.html |work=[[毎日jp]] |publisher=[[毎日新聞社]] |date=2011-04-21 |accessdate=2011-04-21|archiveurl=https://archive.is/fabu|archivedate=2012-07-11}}</ref>。
** [[#明治三陸地震|明治三陸大津波]]で打ち上げられたと言い伝えられる羅賀地区の「津波石」に、津波が再び到達した。岩が動くことはなかったが、羅賀の住宅約150棟のほぼ半数が全壊し、地区住民約450人のうち9人が行方不明となった(取材は4月13日)<ref name="津波石,2011-04-13" />。
** 4月9日 :この時点で田野畑村は、住宅約200棟全壊。死者14人、行方不明者25人、避難者347人。<ref name="被災全図">{{Cite news |title=東日本大震災 図説集 |url=http://mainichi.jp/select/jiken/graph/sinsai_zusetsu/
|work=毎日jp |publisher=毎日新聞社 |date=2011-04-10 |accessdate=2011-04-17|archiveurl=https://archive.is/eeRn|archivedate=2012-07-10}}:被災状況全図。</ref>
 
=== 行政区域の変遷(市町村制施行以後) ===
4,140

回編集