「時計 Adieu l'Hiver」の版間の差分

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== 撮影に関するエピソード ==
倉本にとって初の映画監督作品であったが、撮影になると屋外ロケの際に通行人を待たせたりすることで迷惑をかけていないかと心配するなど、落ち着いて考えることができず、ついには血尿を出すまでになった(『獨白 2011年3月』フラノ・クリエイティブ・シンジケート、2011年、p186)。倉本は監督業は二度とやるまいとかたく決めたと述べている。
中嶋朋子曰く、当時倉本聰は、中嶋朋子にフィギュアスケートを習わせて中嶋をオリンピックに出場させるストーリーを考えていたが、
 
オリンピックに出場出来るレベルまでは到底辿り着けない事が判明し、大幅にストーリーを変えざる得なかったと、映画が公開されて
10年以上の月日が流れた頃に、テレビ番組で中嶋朋子が語ってた。
== 外部リンク ==
* {{Movielink|allcinema|149931|時計 Adieu l'Hiver}}
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