「雅山哲士」の版間の差分

* 突き押し力士らしく長らくツラ相撲傾向だったが、晩年はヌケヌケ傾向にあった。
* 雅山の引退により、旧基準の[[幕下付出]](幕下60枚目格付出)で初土俵を踏んだ力士は全て引退となった。
* 優勝未経験のまま大関経験者が引退する例は、大関からさらに横綱に昇進して尚優勝未経験のまま廃業した[[北尾光司|北尾]]の例から数えても実に25年3ヶ月ぶりの珍事である<ref>北尾は1987年12月31日に廃業届を受理された。</ref>。雅山以前に最高位・大関の力士が優勝0回で引退した例は丸32年前の[[増位山太志郎|2代目増位山]](1971(1981年3月場所引退)まで遡る。
* 幕内在位82場所の記録を持っているが、幕下付出力士としては1位の記録である。学生相撲出身力士で幕内在位場所数記録歴代10位以内に名前を記録している力士も雅山ただ1人である。学生相撲出身者でありながら通算88場所中82場所を幕内(新入幕から引退に至るまで十両陥落は2回のみ)で過ごしたことは出世が早く長持ちで衰えが遅く引退間際まで幕内に定着していたことを意味する。
* 現役生活で思い出に残っている相撲は3場所連続休場を喫して大関から陥落した後に迎えた2002年3月場所初日の玉春日(現片男波親方)戦、現役最終場所となる2013年3月場所9日目でその場所の初白星を上げた玉鷲戦、そして現役最後の1番となった2013年3月場所千秋楽の鬼嵐戦である。<ref name="ref10"></ref>
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