「ヘブリディーズ諸島」の版間の差分

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[[ヴァイキング]]支配時代の[[古ノルド語]]ではSuðreyjarであった。これは南部の島を意味する<ref>Anderson, Joseph (Ed.) (1893) ''Orkneyinga Saga''. Translated by Jón A. Hjaltalin & Gilbert Goudie. Edinburgh. James Thin and Mercat Press (1990 reprint). ISBN 0-901824-25-9</ref>。
 
皮肉なことに、ウェスタン・アイルズはスコットランドにおけるスコットランド・ゲール語の最後の砦とみなされている。スコットランド・ゲール語でヘブリディーズを意味するInnse Gallとは、『異国人の島』を意味する。ノース人による占領と支配の時代、ゲール人としてのルーツを持ち、異国のゲール人(Gall-Ghaidhil)と呼ばれた、[[ノース人]]とゲール人の混血であるノース=ゲール人([[:en:Norse-Gaels|en]])を指している。
 
== 歴史 ==
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9世紀以前、ヘブリディーズは既に[[ノース人]]支配を受け始め、ノース人の定住地を抱えていた。ノルウェーによるヘブリディーズ諸島支配が正式化されたのは、1098年、スコットランド王[[エドガー (スコットランド王)|エドガー]]がノルウェー王[[マグヌス3世 (ノルウェー王)|マグヌス3世]]の請求を認定したときであった。ノルウェー王が[[オークニー諸島]]、[[マン島]]、ヘブリディーズ諸島を素早い遠征で1098年に征服し、様々な島の地元ノース人指導者たちに対し采配を振るようになった後、スコットランドはマグヌスを『島嶼部の王』(King of Isles)として承認した。スコットランドの島嶼部を支配下に置くことでマグヌスは、数世紀前に彼の先祖が獲得した土地に対してさらに直接的な王による支配を課した。
 
インナー・ヘブリディーズとアウター・ヘブリディーズ両方のノルウェー支配は、1156年にウェスタン・アイルズの分割がなされるまで、ほぼ定期的な戦争状態だった。アウター・ヘブリディーズはマン島および島嶼部王国([[:en:Kingdom of Mann and the Isles|en]])の支配下にある一方、インナー・ヘブリディーズは、[[スコットランド王]]・[[ルーラッハ (スコットランド王)|ルーラッハ]]とマン島王家の血を引くノース=ゲール人のサマーレッド([[:en:Somerled|en]])の支配を受けていた。{{See also|[[有名人のハプログループ]]}}
 
[[1156年]]に勝利したサマーレッドは、2年後に[[マン島]]そのものへの支配権を奪い、かつて含まれていた全ての島々と王国を支配する、最後のマン島および島嶼部王国の王となった。[[1164年]]のソマーレッドの死後、マン島の支配者はもはやインナー・ヘブリディーズの支配者ではなかった。
 
===スコットランド支配===