「ロジャー・メイウェザー」の版間の差分

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[[1981年]][[7月29日]]、1回TKO勝ちでプロデビュー。
 
[[1982年]][[10月23日]]、13戦目で[[ルーベン・ムニョス]]({{USA}})に判定勝ちし、USBA全米ライト級王座を獲得。
 
[[1983年]][[1月19日]]、15戦目で[[世界ボクシング協会|WBA]]世界[[スーパーフェザー級|ジュニアライト級]]王者[[サムエル・セラノ]]({{PUR}})に挑戦し、8回TKO勝ちで無敗のまま王座を獲得。以後、2度の防衛に成功した。
1987年[[11月12日]]、WBC世界[[スーパーライト級|ジュニアウェルター級]]王者[[レネ・アルレドンド]]({{MEX}})に挑戦し、6回KO勝ちで王座を獲得、2階級制覇に成功した。
 
以後、[[マウリシオ・アセベス]][[ハロルド・ブレーザー]]、[[ロドルフォ・ゴンザレス]]、[[ビニー・パジェンサ]]を相手に4度の防衛に成功した。
 
[[1989年]][[5月13日]]、5度目の防衛戦で[[フリオ・セサール・チャベス]]({{MEX}})と対戦し、10回TKO負けで王座から陥落した。
[[2006年]][[4月8日]]、メイウェザー・ジュニア vs. [[ザブ・ジュダー]]の[[国際ボクシング連盟|IBF]]世界[[ウェルター級]]タイトルマッチで、10回にメイウェザー・ジュニアがジュダーのローブローとラビットパンチを受けて倒れると、ロジャーがリングに入り相手セコンドと乱闘になった。試合は続行され、メイウェザー・ジュニアが判定勝ちを収めた。試合の5日後に、[[ネバダ州アスレチック・コミッション]](NSAC)は、試合の裁定は覆さなかったが、ロジャーに対し20万ドルの罰金と1年間セコンド禁止のサスペンドを課した。
 
[[20072006年]]、息子の母方の祖母に暴行を働いたとして刑務所に収監される。このため2006年11月のカルロス・バルドミール戦はメイウェザー・ジュニアに別のトレーナーが就いたが、試合前に刑務所の中からメイウェザー・ジュニアにアドバイスを伝えるロジャー・メイウェザーの映像がテレビ中継で使われた<ref name="Roger was imprisoned in 2007" >{{cite web|url= http://www.secondsout.com/columns/thomas-hauser/the-myth-and-the-reality-of-floyd-mayweather-jr |title= The Myth and the Reality of Floyd Mayweather Jr |publisher= SecondsOut.com |date= |accessdate=2014-02-10 }}</ref>。
 
[[2009年]]8月、元教え子の女子ボクサーに暴行を働き、刑務所に6ヶ月間収監される<ref name="Roger was imprisoned in 2007 " />。
 
[[2013年]]、メイウェザー・ジュニアの幼少期やシニアの出所後2年間、自身のセコンド禁止期間及び刑務所収監期間を除き、メイウェザー・ジュニアのトレーナーに就いてきたが、最近は糖尿病を患いあまり健康が優れないことから、第一線からは退き気味である<ref>{{cite web|url= http://bleacherreport.com/articles/1627330-floyd-mayweather-how-his-familys-history-of-violence-has-shaped-money-may |title= Floyd Mayweather: How His Family's History of Violence Has Shaped Money May |publisher= Bleacher Report |date= 2013-05-03 |accessdate= 2014-02-13}}</ref>。2013年9月の[[サウル・アルバレス]]戦では代わりにメイウェザー・シニアがジュニアのセコンドに就いた
 
== 獲得タイトル ==