「エルミート行列」の版間の差分

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from en:Hermitian matrix 13:46, 29 December 2013
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<math style="float: right; margin: auto 1em;">\begin{pmatrix}2 & 2+i & 4 \\2-i & 3 & i \\4 & -i & 1 \end{pmatrix}</math>
[[数学]]において'''エルミート行列'''(エルミートぎょうれつ、<em lang="en">Hermitian matrix</em>)とは、エルミート内積に関して自己共役(じこきょうやく)となる[[複素数|複素]][[行列]]のことである。名称は[[シャルル・エルミート]]に由来する。
[[線型代数学]]における'''エルミート行列'''(エルミートぎょうれつ、{{lang-en-short|''Hermitian matrix''}})または'''自己随伴行列'''(じこずいはんぎょうれつ、{{lang-en-short|''self-adjoint matrix''}})は、[[複素数]]に成分をとる[[正方行列]]で自身の[[随伴行列]](共軛転置)と一致するようなものを言う。エルミート行列は、実[[対称行列]]の複素数に対する拡張版の概念として理解することができる。
 
行列 ''A'' の随伴を ''A''<sup>&dagger;</sup> と書くとき、複素行列がエルミートであるということは、
== 定義といくつかの性質 ==
:<math> A = A^*\dagger</math>
その[[行列要素|成分]]が複素数である行列 ''A'' に対し、その[[随伴行列]]を ''A<sup>*</sup>'' で表すとき
が成り立つということであり、これはまた
:<math>A = A^*</math>
: <math>A^{\top} = (a_{ji}) = (\bar{a}_{ij}) =\bar{A}</math>
を満たす行列 ''A'' を'''エルミート行列'''と呼ぶ。定義から、''A'' は[[正方行列]]でなければならない。エルミート行列 ''A'' は複素ベクトル ''x'', ''y'' と[[内積|標準エルミート内積]] "(&bull;, &bull;)" に対し (''Ax'', ''y'') = (''x'', ''Ay'') を満たす。すなわち、エルミート行列はエルミート内積に関して'''自己共役'''な作用素([[エルミート作用素]])である。
が成り立つことと同値ゆえ、その成分は任意の添字 ''i'', ''j'' について (''i'', ''j'')-成分は (''j'',''i'')-成分の[[複素共軛]]と等しい。
 
随伴行列 ''A''<sup>&dagger;</sup> は ''A''<sup>&lowast;</sup> と書かれるほうが普通だが、''A''<sup>&lowast;</sup> を複素共軛(本項では {{overline|''A''}} と書いた)の意味で使う文献もおおく紛らわしい。
複素行列 ''A'' = (''a''<sub>''ij''</sub>) がエルミートであることを成分を用いて表せば、
: <math>a_{ji} = \bar{a}_{ij}</math>
が任意の ''i'', ''j'' について成立することと言い換えられる(ここで、<span style="text-decoration:overline;">&bull;</span> は &bull; の複素共役をとる操作である)。特に、エルミート行列の主対角成分はすべて実数でなければならない。また、任意の複素正方行列 ''X'' = (''x''<sub>''ij''</sub>) に対して
: <math>\overline{x_{ji} + \bar{x}_{ij}} = \bar{x}_{ji} + x_{ij}</math>
であるから、和 ''X'' + ''X''<sup>*</sup> は常にエルミート行列になる。もっと一般に
: <math>X = \frac{1}{2}(X + X^*) + \frac{1}{2}(X - X^*)</math>
は複素正方行列 ''X'' のエルミート成分・歪エルミート成分への分解を与える。
 
エルミート行列の名は[[シャルル・エルミート]]に因む。エルミートは1855年に、この形の行列が[[固有値]]が常に実数となるという実対称行列と同じ性質を持つことを示した。
== エルミート形式・複素二次形式 ==
''n'' 次エルミート行列 ''A'' と ''n'' 次元複素ベクトル '''x''', '''y''' に対し、''f''('''x''', '''y''') = '''x'''<sup>*</sup>''A'''''y''' とおくことにより定まる2変数(成分で見れば複素 2''n'' 変数)の函数 ''f'': '''C'''<sup>''n''</sup> &times; '''C'''<sup>''n''</sup> &rarr; '''C''' を'''対称半双線型形式''' {{lang|en|(symmetric sesquilinear form)}} あるいは '''エルミート形式''' {{lang|en|(Hermitian form)}} という。半双線型とは、第一の変数 '''x''' に関して反線型で、第二の変数 '''y''' に関して線型となることをいう。また、ここでいう(共役)対称性あるいはエルミート性は
: <math>f(\mathbf{y},\mathbf{x}) = \overline{f(\mathbf{x},\mathbf{y})}</math>
となることを意味する。[[数ベクトル空間]] '''C'''<sup>''n''</sup> の標準エルミート内積はエルミート形式である。
 
よく知られた[[パウリ行列]]、{{仮リンク|ゲルマン行列|en|Gell-Mann matrices}}およびそれらの一般化はエルミートである。[[理論物理学]]においてそれらのエルミート行列には、しばしば虚数の係数が掛かって<ref>
エルミート形式 '''x'''<sup>*</sup>''A'''''y''' (''A'' = (''a''<sub>''ij''</sub>)) に対し、'''y''' = '''x''' = '''z''' := (''z''<sub>1</sub>, ''z''<sub>2</sub>, ..., ''z''<sub>''n''</sub>) とおくことにより、 2''n'' 個の複素変数 ''z''<sub>1</sub>, <span style="text-decoration:overline;">''z''</span><sub>1</sub>, ''z''<sub>2</sub>, <span style="text-decoration:overline;">''z''</span><sub>2</sub>, ..., ''z''<sub>''n''</sub>, <span style="text-decoration:overline;">''z''</span><sub>''n''</sub> に関する斉二次の複素多項式
{{cite book |title=The geometry of physics: an introduction |last=Frankel |first=Theodore |authorlink=Theodore Frankel |year=2004 |publisher=[[Cambridge University Press]] |isbn=0-521-53927-7 |page=652 |url=http://books.google.ru/books?id=DUnjs6nEn8wC&lpg=PA652&dq=%22Lie%20algebra%22%20physics%20%22skew-Hermitian%22&pg=PA652#v=onepage&q&f=false }}
:<math>A\{\mathbf{z}\} = \sum_{1 \le i,j \le n} a_{ij}\; \bar{z}_i z_j</math>
</ref><ref>
が得られる。これをエルミート行列 ''A'' に対応({{lang|en|associate}}; 付随)する(複素)'''二次形式'''あるいはエルミート(二次)形式といい、''A'' をこの複素二次形式の係数行列という。定義から ''A''{'''z'''} = '''z'''<sup>*</sup>''A'''''z''' であるが、標準エルミート内積 (&bull;, &bull;) を用いれば ''A''{'''z'''} = ('''z''', ''A'''''z''') = (''A'''''z''', '''z''') などと表せる。また、
[http://www.hep.caltech.edu/~fcp/physics/quantumMechanics/angularMomentum/angularMomentum.pdf Physics 125 Course Notes] at [[California Institute of Technology]]
: <math>a_{ji}\bar{z}_j z_i = \bar{a}_{ij}\;\bar{\!\bar{z}}_i \bar{z}_j = \overline{a_{ij}\bar{z}_i z_j}</math>
* </ref>[[歪エルミート行列]]となる。
と書けることに注意して、複素共役の性質を用いると
:<math>A\{\mathbf{z}\} = \sum_{i=1}^{n} a_{ii}|z_i|^2 + 2\sum_{1 \le i < j \le n} \mathfrak{Re}(a_{ij}\bar{z}_iz_j)
</math>
という表示(ここで、Re &bull; は &bull; の実部)が得られるから、二次形式 ''A''{'''z'''} の値は常に実数値をとる。また、あるユニタリ行列による変数変換で標準形
 
== 性質 ==
: <math>\sum_{i=1}^{n}c_{i}|x_{i}|^{2} = c_{1}|x_{1}|^{2} + c_{2}|x_{2}|^{2} +\cdots+ c_{n}|x_{n}|^{2}</math>
* 任意のエルミート行列の[[主対角線|主対角]]成分は、それが自身の複素共軛と一致することから、実数でなければならない。全ての成分が実数であるような行列がエルミートであるのは、それが[[対称行列]](主対角線に関して全ての成分が対称)となるときであり、かつそのときに限る。実対称行列はエルミート行列の特別の場合である。
* 任意のエルミート行列[[固有値正規行列]]は全て実数である。
* 有限次元の{{仮リンク|スペクトル定理|en|spectral theorem}}によれば、任意のエルミート行列は[[ユニタリ行列]]で[[対角化]]して、得られた対角行列の成分がすべて実数となるようにすることができる。これにより、エルミート行列 {{math|''A''}} の全ての[[固有値]]が実数であり、{{math|''A''}} が {{math|''n''}} 個の線型独立な[[固有ベクトル]]を持つことがわかる。さらには {{math|''A''}} の ''n'' 個の固有ベクトルからなる {{math|'''C'''<sup>''n''</sup>}} の[[正規直交基底]]をとることができる。
* 二つのエルミート行列の和はふたたびエルミートであり、エルミート行列の[[逆行列]]も存在すれば同様にエルミートになる。しかし、二つのエルミート行列 {{math|''A'', ''B''}} に対してそれらの[[行列の積|積]] {{math|''AB''}} がエルミートとなるための必要十分条件は {{math|1=''AB'' = ''BA''}} となることである。従って、任意の整数 {{math|''n''}} に対して冪 {{math|''A''<sup>''n''</sup>}} は {{math|''A''}} がエルミートならばエルミートである。
* {{math|''n''&times;''n''}} 複素エルミート行列の全体は、[[複素数]]体 {{math|'''C'''}} 上の[[ベクトル空間]]を成さない(例えば単位行列 {{math|''I''<sub>''n''</sub>}} はエルミートだがそのスカラー ''i''-倍である {{math|''i'' ''I''<sub>''n''</sub>}} はエルミートでない)。しかし複素エルミート行列の全体は[[実数]]体 {{math|'''R'''}} 上のベクトル空間には'''なる'''。{{math|''n''&times;''n''}} 複素行列の全体は {{math|'''R'''}} 上で {{math|2''n''<sup>2</sup>}}-[[次元 (線型代数学)|次元]]のベクトル空間であり、その中で複素エルミート行列の全体は {{math|''n''<sup>2</sup>}}-次元の部分空間を成す。その基底は、行列単位 {{math|''E''<sub>''jk''</sub>}}({{math|(''j'',''k'')}}-成分が {{math|1}} でそれ以外の成分は全て {{math|0}} であるような {{math|''n''&times;''n''}}-行列)を用いれば、<div style="margin: 1ex 2em;"><math>\begin{cases} E_{jj} & (1\le j\le n) \\ E_{jk}+E_{kj},\,i(E_{jk}-E_{kj}) & (1\le j < k \le n)\end{cases}</math></div> で与えられ、これらの形の基底ベクトルはそれぞれ ''n'', (''n''<sup>2</sup> &minus; ''n'')/2, (''n''<sup>2</sup> &minus; ''n'')/2 個ずつ存在するから、次元は {{math|''n'' + (''n''<sup>2</sup> &minus; ''n'')/2 + (''n''<sup>2</sup> &minus; ''n'')/2 {{=}} ''n''<sup>2</sup>}} であることがわかる。ただし、''i'' は[[虚数単位]]である。
* エルミート行列 {{math|''A''}} の ''n'' 個の正規直交固有ベクトル <math>u_1,\ldots,u_n</math> を選び、それを列ベクトルとする行列を {{math|''U''}} と書けば、''A'' の{{仮リンク|行列の固有分解|en|Eigendecomposition of a matrix|label=固有分解}} <div style="margin: 1ex 2em"><math>
A = U \Lambda U^\dagger\qquad (UU^\dagger = I = U^\dagger U)
</math></div> が成り立って、対角行列 &Lambda; の主対角線上に並ぶ固有値を &lambda;<sub>''j''</sub> として<div style="margin: 1ex 2em;"><math>
A = \sum_{j} \lambda_{j} u_j u_{j}^{\dagger}
</math></div>と書くことができる。
* 任意の正方行列とその共軛転置との和 <math>(C + C^{\dagger})</math> はエルミートである。
* 任意の正方行列とその共軛転置との差 <math>(C - C^{\dagger})</math> は[[歪エルミート行列|歪エルミート]]である。したがってまた、二つのエルミート共軛の[[交換子|交換子積]]は歪エルミートになる。
* 任意の正方行列 {{math|''C''}} はエルミート行列 {{math|''A''}} と歪エルミート行列 {{math|''B''}} との和<div style="margin: 1ex 2em;"><math>C = A+B \quad\mbox{with}\quad A = \frac{1}{2}(C + C^{\dagger}) \quad\mbox{and}\quad B = \frac{1}{2}(C - C^{\dagger})</math></div> に一意的に分解される。
* エルミート行列の行列式は実数である。これは行列式は固有値の積であり、エルミート行列の固有値が実数であることから従う。あるいは直接計算で確かめるならば、転置行列の行列式がもとの行列のそれと等しいこと、および複素共軛行列の行列式がもとの行列の行列式の複素共軛であること<div style="margin: 1ex 2em;"><math>
\det(A) = \det(A^{\top}),\quad \det(\bar{A}) = \overline{\det(A)}
</math></div>から<div style="margin: 1ex 2em"><math>
A=A^\dagger \implies \det(A) = \overline{\det(A)}
</math></div>を得る。
 
== 関連項目 ==
に変換できる。これは、''n'' 個の実変数 ''x''<sub>1</sub>, ..., ''x''<sub>''n''</sub> に関する通常の実二次形式であると看做すことができる。
* [[歪エルミート行列]](反エルミート行列)
 
* {{仮リンク|ヘインズワースの慣性加法公式|en|Haynsworth inertia additivity formula}}
エルミート行列と複素二次形式の実成分の場合の類似物として[[対称行列|実対称行列]]と[[二次形式]]を捉えることができる。
==* [[エルミート形式・複素二次形式 ==]]
 
* [[自己随伴行列作用素]]
== 正定値エルミート行列 ==
* [[対称ユニタリ行列]]
エルミート行列 ''A'' は対応する複素二次形式 ''A''{'''x'''} が正定値<ref>[[:en:positive definite|positive definite]]の訳語として、「正定値」もしくは「正値」がある。</ref>(すなわち零ベクトル以外の任意の '''x''' &isin; '''C'''<sup>''n''</sup> に対し ''A''{'''x'''} &gt; 0)であるとき'''正定値'''であるといい ''A'' &gt; 0 で表す。同様に ''A''{'''x'''} が半正定値(=非負値)(すなわち任意の '''x''' &isin; '''C'''<sup>''n''</sup> に対し ''A''{'''x'''} &ge; 0)であるとき'''半正定値'''(または非負値)<ref>[[:en:semi-positive definite|semi-positive definite]]の訳語として、「半正定値」もしくは「半正値」がある。</ref>であるといい ''A'' &ge; 0 で表す。
 
任意の複素行列 ''C'' に対して、''CC''<sup>*</sup> は常に半正定値エルミートで、これが正定値であることと ''C'' が[[正則行列|正則]]であることとは[[同値]]である。また、任意の半正定値エルミート行列 ''P'' に対して、''P'' = ''CC''<sup>*</sup> を満たす適当な複素行列が常に存在する。
 
== 性質 ==
エルミート行列は次の性質を持つ。
* エルミート行列の[[固有値]]は全て実数である。
* 正定値エルミート行列(対応するエルミート形式あるいは複素二次形式が正定値)の固有値は全て正の実数である。
* エルミート行列はある[[ユニタリー行列]]で[[対角化]]可能である。
* エルミート行列は[[正規行列]]であり ( AA<sup>*</sup> = A<sup>*</sup>A ) が成り立つ。
 
==関連項目 参考文献 ==
{{reflist}}
* [[対称行列]]
* [[随伴行列]]
* [[正規行列]]
* [[歪エルミート行列]]
 
== 外部リンク ==
==脚注==
* {{MathWorld|urlname=HermitianMatrix|title=Hermitian Matrix}}
<references/>
* {{PlanetMath|urlname=HermitianMatrix|title=Hermitian matrix}}
*{{springer|title=Hermitian matrix|id=p/h047070}}
*[http://people.ofset.org/~ckhung/b/la/hermitian.en.php Visualizing Hermitian Matrix as An Ellipse with Dr. Geo], by Chao-Kuei Hung from Shu-Te University, gives a more geometric explanation.
*{{MathPages|id=home/kmath306/kmath306|title=Hermitian Matrices}}
 
[[Category{{DEFAULTSORT:行列|えるみいときようれつ]]}}
* [[正規Category:行列]]
[[Category:数学に関する記事|えるみいときようれつ]]