「千葉亀雄」の版間の差分

削除された内容 追加された内容
Tribot (会話 | 投稿記録)
編集の要約なし
1行目:
[[File:Kameo Chiba.jpg|thumb|175px|千葉亀雄]]
'''千葉 亀雄'''(ちば かめお、[[1878年]]([[明治]]11年)[[9月24日]] - [[1935年]]([[昭和10]]50年)[[10月4日]])は、[[日本]]の[[評論家]]、[[ジャーナリスト]]。[[山形県]][[酒田市]]に生まれ、5歳から母の実家がある[[宮城県]][[美里町 (宮城県)|美里町]]、13歳から[[仙台市]]で育つ。[[早稲田大学高等師範部]]中退。はじめ江東の号で小説を書いたが、以後[[国民新聞]]、[[読売新聞]]、[[時事新報]]、[[東京日日新聞]]など新聞の社会部長や学芸部長を務め、その傍ら文芸評論も書いた。大正末から昭和初年にかけての大きな文学潮流となった「[[新感覚派]]」の命名者として知られる。
 
== 著書 ==