「阿曽沼氏」の版間の差分

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** 狐崎氏
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===阿曽沼興廃記===
[[享保]]年間([[1716年|1716]]-[[1736年|36年]])に 宇夫方平大夫広隆によって著述された、遠野阿曽沼氏の興亡史。上下2巻からできており<ref>[http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000548065-00 稿本阿曽沼興廃記 (国立国会図書館)]</ref>、
南部叢書 第3巻に収録されている。
 
== 安芸阿曽沼氏 ==
親綱はまた[[安芸国]][[世能庄]]を[[承久の乱]]後に得ていた。この安芸国へも阿曽沼氏は土着している。親綱の孫・光郷の子孫という。中野村鳥籠山に拠った。南北朝期から観応の擾乱まで一貫して幕府方に属した。のち[[大内氏]]の影響下に入り、[[応仁の乱]]や[[尼子氏]]との戦いに参加している。[[阿曽沼広秀]]のとき[[毛利氏]]に属した。[[江戸時代]]に入ると[[長州藩]]士として続いた。
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