「フェリペ3世 (スペイン王)」の版間の差分

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==概要==
祖父カルロス1世(神聖ローマ皇帝[[カール5世 (神聖ローマ皇帝)|カール5世]])は世界最大の植民地帝国を築いた人物、父[[フェリペ2世 (スペイン王)|フェリペ2世]]は[[スペイン帝国]]に[[スペイン黄金世紀|黄金時代]]をもたらした人物である。生まれつき病弱であったため、年老いてゆく父は息子の将来に不安を抱いた。「怠惰王」と呼ばれたフェリペ3世の23年に及ぶ治世を取り仕切ったのは、首席大臣のレルマ公爵あるいはウセダ公爵であったが、彼らはこの大帝国の国政を担うにはいささか力不足であり、フェリペ2世が残した[[世界帝国]]は衰退への道を歩み始めることとなる。1609年、スペイン全土から[[モリスコ]]([[キリスト教]]に改宗した[[ムスリム|イスラム教徒]])の[[モリスコ追放|追放]]が行われた。その数は27万人に及び、ほとんど農民であったため、スペイン農業は大打撃を受け、深刻な食糧不足に陥ったといわれる。
なお、1615年1月30日には、[[慶長遣欧使節]]の[[支倉常長]]と面会している。
 
==子女==