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{{Otheruses|アメリカの企業|その他|ファイアストーン}}
'''ブリヂストン・アメリカズ・インク''' (''Bridgestone(Bridgestone Americas, Inc.'') は、[[アメリカ合衆国]]の[[ゴム]]、[[タイヤ]]メーカーで、日本の[[ブリヂストン]]社の北米におけるタイヤ製造・卸売事業子会社。
 
旧社名は'''ブリヂストン・ファイアストン・ノースアメリカン・タイヤ'''(''Bridgestone Firestone North American Tire'' 、'''LLC''')。
[[1951年]]、ファイアストン・タイヤ・アンド・ラバー(当時)は[[アメリカ陸軍]]から[[MGM-5 (ミサイル)|MGM-5 コーポラル]]の製造契約を受領し、初期生産分の200基の注文に対して合計6,888,796 [[USドル]]の契約金が支払われた。このミサイルは、アメリカ陸軍初の[[弾道ミサイル]]として知られ、[[核弾頭]]を搭載できる地対地誘導ミサイルであった。また、東ヨーロッパでの冷戦対立における有事の際の使用を想定されていた。コーポラル・ミサイルは、[[1962年]]から[[1964年]]にかけて[[MGM-29 (ミサイル)|MGM-29 サージェント]]・ミサイル・システムに置き換えられている<ref>{{cite web | url=http://www.redstone.army.mil/history/systems/corporal/welcome.html | title=CORPORAL | date=2007-05-31 | publisher=レッドストーン兵器廠 | language=英語 | accessdate=2007年6月17日}}</ref>。
 
== その他 ==
* 同社は35年間にわたってラジオおよびテレビ番組「ザ・ヴォイス・オブ・ファイアストーン」のスポンサーを行った。
 
* 同社は主としてアメリカ国内でのモータースポーツに「ファイアーホーク」(''Firehawk'' )のブランド名で製品を投入している。
* 1926年に[[西アフリカ]]の[[リベリア]]の[[ハーベル]]市にリベリア政府と99年間の貸与契約を結んで、現地人約9,000人の労働者を雇って、世界最大のゴム農園(総面積3万6500ha)を開発していたが、過酷な労働による問題も発生している。不況により1988年に日本のブリヂストン社が同社を買収した事により、このゴム農園もブリヂストン社の所有のものとなるが、現地管理はアメリカ人が行っていた。[[1990年]][[リベリア内戦|内戦]]で反政府勢力の[[リベリア国民愛国戦線]] (NPFL) に占領され、農園の労働者も戦闘に巻き込まれ大勢殺されている。以降、ゴム農園の開発は停止したままだった。その後、ゴム農園では度々たびたび戦闘が行われていたが、[[1997年]]ゴム農園から合法的な輸出活動が再開された。
 
* 1926年に[[西アフリカ]]の[[リベリア]]の[[ハーベル]]市にリベリア政府と99年間の貸与契約を結んで、現地人約9,000人の労働者を雇って、世界最大のゴム農園(総面積3万6500ha)を開発していたが、過酷な労働による問題も発生している。不況により1988年に日本のブリヂストン社が同社を買収した事により、このゴム農園もブリヂストン社の所有のものとなるが、現地管理はアメリカ人が行っていた。[[1990年]][[リベリア内戦|内戦]]で反政府勢力の[[リベリア国民愛国戦線]] (NPFL) に占領され、農園の労働者も戦闘に巻き込まれ大勢殺されている。以降、ゴム農園の開発は停止したままだった。その後、ゴム農園では度々戦闘が行われていたが、[[1997年]]ゴム農園から合法的な輸出活動が再開された。
 
== 脚注 ==
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