「尼子季久」の版間の差分

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'''尼子 季久'''(あまご すえひさ、[[天文 (元号)|天文]]11年([[1542年]]) - [[天文 (元号)|天文]]23([[1554年]]))不明)は、[[戦国時代 (日本)|戦国時代]]の人物。[[尼子氏]]の家臣。[[尼子誠久]]の三男。兄に[[尼子氏久]]・[[尼子吉久]]、弟に[[尼子常久]]・[[尼子勝久]]・[[尼子通久]]がいる。
 
天文23年(1554年)、主君・[[尼子晴久]]により、祖父・[[尼子国久]]と父・尼子誠久らが粛清された後、兄や弟は[[新宮館]]で殺されたが季久については詳細不明。次男・吉久が天文10年([[1541年]])、四男・常久が天文12年([[1543年]])生まれのため季久の生年は天文11年(1542年)と推測される。
[[Category:尼子氏|すえひさ]]
[[Category:1542年生]]
[[Category:1554年年不明]]