「ピア・アンジェリ」の版間の差分

[[カーク・ダグラス]]の自伝によると、ダグラスとピアは1953年制作の映画『[[三つの恋の物語]]』([[オムニバス映画]]で第3話「均衡」)で出会い、1950年代前半に婚約していたという<ref>{{cite book|last=Douglas|first=Kirk |title=The Ragman's Son: An Autobiography|publisher=G.K. Hall|date=1989|pages=35, 174, 187, 202|isbn=0-816-14795-7}}</ref>。その後、『[[エデンの東 (映画)|エデンの東]]』を撮影中だったディーンと恋に落ちるが、ピアの母親の反対(アンジェリ家は[[カトリック教会|ローマ・カトリック]]だったがディーンはカトリックでなかったことが原因だったといわれる)などもあって短期間で別れたことは有名。
 
ディーンと別れた翌年の1954年[[歌手]]兼[[俳優]]の[[ビック・ダモン]]と結婚し男児を儲けたが離婚。作曲家[[アルマンド・トロヴァヨーリ]]と結婚して男児をもうけている。その後はアメリカ映画の作風の変化(暴力・性的表現の過激化など)についていけなくなったことから歌手としてアルバムなど作品リリースを行なうなどするも人気・仕事では低迷・不遇が続いていたといわれる。
 
1971年、[[睡眠薬]][[バルビツール]]の過剰服用(自殺説もあり)により急死した<ref>{{cite book|last=Crivello|first=Kirk|title=Fallen Angels: The Lives and Untimely Deaths of Fourteen Hollywood Beauties|publisher=Citadel Press|date=1988|pages=277|isbn=0-806-51096-X}}</ref><ref>{{cite book|last=Frascella|first=Lawrence |coauthors=Weisel, Al|title=Live Fast, Die Young: The Wild Ride of Making Rebel Without a Cause|publisher=Simon and Schuster|date=2005|pages=180|isbn=0-743-29118-2}}</ref>。
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