「ジャック・ブラバム」の版間の差分
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最終戦 = 1970年[[メキシコグランプリ|メキシコGP]] |
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'''サー・ジョン・アーサー・“ジャック”・ブラバム'''('''Sir John Arthur "Jack" Brabham [[大英帝国勲章|OBE]]''', [[1926年]][[4月2日]] - [[2014年]][[5月19日]])は[[オーストラリア]]人の元[[フォーミュラ1|F1]]ドライバー。{{f1|1959}}、
{{f1|1960}}、{{f1|1966}}に3度ドライバーズチャンピオンを獲得した。
[[ブラバム]]の共同設立者でもあり、F1史上唯一、自らが設立したチームでチャンピオンとなった。F1黎明期の[[1950年代]]にドライバーズチャンピオンを獲得したドライバーの中で最後の存命者であ
== 来歴 ==
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引退後は実業家として、地元で農園や自動車販売業、航空会社を経営した。また、[[1971年]]に[[ジョン・ジャッド]]と共にレーシングエンジンビルダーの[[ジャッド]]を創設し、[[1994年]]には[[シムテック]]の経営に参加するなど、引き続きレース界と深い関わりを持っている。
2014年5月18日に死去、88歳没。
== 家族 ==
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* 老成した雰囲気から、ドライバー仲間達に「年寄り」とからかわれた。40歳の誕生日後に迎えた1966年オランダGPでは、あごに付け髭を付け、杖をついてサーキットに現われて笑いを誘った<ref name="FOA"/>。そのレースは[[ポール・トゥ・ウィン]]で優勝した。
* 1985年にはイギリスのモータースポーツへの貢献を認められ、イギリス王室から[[ナイト|ナイト爵]]を授けられた。木訥な性格からか、エリザベス女王から称号を授与された際も、「ありがとう」と一言しか言えなかったそうである。
== 脚注 ==
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