「飯富道悦」の版間の差分

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== 生涯 ==
戦国時代の甲斐国では守護武田氏と有力国衆との抗争が繰り広げられたが、道悦は永正12年(1515([[1515]])10月17日に武田信虎に対して謀反を起こし、敗死した(『[[一蓮寺過去帳]]』)。
 
道悦は信虎・[[武田信玄|晴信]]父子に仕えた[[飯富虎昌]]、[[山県昌景|飯富昌景]]の実父、もしくは近親者とされる<ref name="柴辻p194"> 柴辻俊六 著『武田信虎のすべて』新人物往来社、2007年、p.194</ref>。この謀反の際に飯富源四という人物も戦死しており、この名は昌景の仮名と一致する<ref name="柴辻p194"/>。このため、この源四が父親の可能性もある。ただしこの場合、昌景の生年をかなり繰り上げる必要性があり、疑問も残されている。
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