「スリランカの仏教」の版間の差分

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カースト制限を設けるシャム派にも、村住で因習にまみれるアマラプラ派にも満足できなかった[[アンバガハヴァテー・サラナンカラ]]は、独自にビルマへと赴き、受具式を受け、帰国後[[1864年]]にラーマンニャ派を設立した。森林修行、戒律重視、理想主義的な志向を特徴とする。ラーマンニャ派は、当初はアマラプラ派内の改革派といった程度の存在だったが、[[神智学協会]]がもたらした宗教改革の波に乗って勢力を拡大した<ref>[http://ir.minpaku.ac.jp/dspace/bitstream/10502/3263/1/KH_027_4_001.pdf 儀礼の受難] - [[杉本良男]]</ref>。
 
[[1881年]]には、スリランカへの赴任経験を持つ英国公務員[[リス・デービッズ]]によって、[[ロンドン]]に[[パーリ聖典協会]](Pali Text Society, PTS)が設立され、その刊行物によって、上座部仏教や[[パーリ語経典]]は、世界的に知られるようになった。
 
===近現代===