「学問の自由」の版間の差分

m
内部リンク化
m (内部リンク化)
 
== 歴史 ==
学問の自由について、憲法上明文で特に保障する例は少ない。これはイギリスやアメリカなどでは[[思想・良心の自由]]や[[表現の自由]]の保障の中に学問的活動の自由が含まれていると考えられていたためである。しかしながら、特にアメリカでは「[[赤狩り]]」において大学・研究機関が多大な被害を被った歴史的反省から、これに類する観念が発生し、その具体的保障手段として「テニュア制度」([[:en:Tenure (academic)|en]])(一般には「終身在職権」と理解される)が一般的となってきた。
 
これに対して、ドイツでは早くから学問の自由(Akademiche Freiheit)の概念が発達してきた。近代ドイツは国力増強のために学問育成に力を入れ、大学教授は政治的中立を保つ代わりに特権として学問の自由を認められた。1810年に[[フンボルト大学ベルリン|ベルリン大学]]が創設される際には大学の自治の観念も確立され、以後憲法で学問の自由(とその連結的補充的制度的保障としての「大学の自治」)が保障されるようになった。
11,551

回編集