「スコットランド常識学派」の版間の差分

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=== 常識学派の影響 ===
スコットランド常識学派はウィリアム・ハミルトン卿を最後として、イギリス[[観念論]]、あるいは[[直観主義]]に吸収された。例えばハミルトンの弟子で、[[ヘーゲル]]研究で知られる[[ジェームス・ハチソン・スターリング]]は、イングランドの[[トーマス・ヒル・グリーン]]や[[ジョン・マクタガード]]等と並び、[[イギリス理想主義|イギリス観念論]]の主要人物の一人として見なされるものの、「スコットランドの」哲学者として見なされることはあまりない。スコットランドのイングランド化が進み、スコットランドで学んだ学者がイングランドで教鞭を執ることも、またその逆も珍しくなくなった。スコットランドの大学が持っていた独自の伝統とともに、常識学派という括りもまた消滅したのである。
 
しかしながら、「常識学派」は消滅したとはいえ、その思想は様々な姿で受け継がれている。例えば先述の'''イギリス観念論'''である。ハミルトンの直系の弟子であるマンセルやスターリングを初めとして、イギリスの哲学者とりわけ'''[[直観主義]]'''に立つ[[ヘンリー・シジウィック]]や[[ジョージ・エドワード・ムーア|G.E.ムア]]のような哲学者は、リードやステュアートの伝統を守り、「コモン・センス」を重要視していた。
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