「千代の富士貢」の版間の差分

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*第55代横綱・北の湖と第56代横綱・2代若乃花は、1981年9月場所に千代の富士が横綱昇進を果たした頃には既に全盛期を過ぎており、又同9月場所以降北の湖の幕内優勝は僅か2回、2代若乃花の幕内優勝はゼロに終わった。
*千代の富士の唯一の「天敵」だった第59代横綱・隆の里は、横綱昇進は30歳と遅く、又1984年1月場所で4回目の幕内優勝を最後に、それ以降度重なる怪我に苦しみ急速に衰えた。さらに隆の里の現役最後の対戦相手は、奇しくも千代の富士の弟弟子・保志(のち第61代横綱・北勝海)で、1986年1月場所初日に肩透かしで敗れた後、横綱在位15場所の短命で引退を表明。
*第60代横綱・双羽黒は師匠らと大喧嘩の末自ら部屋を飛び出す形でしてしまい、24歳の若さながら優勝無しのまま廃業。横綱在位は8場所、幕内在位も僅か20場所のみで、千代の富士の対抗馬を務める機会を十分に持っていたとは言い難い。
*第62代横綱・大乃国は怪我や病気に悩まされて横綱23場所中に6回の全休を含めて105休を記録し、優勝2回に留まり、さらに皆勤負け越しまで経験するなど極度のあんこ型と合わせて千代の富士と好対照の横綱生活に甘んじた。
*第63代横綱・旭富士は千代の富士との幕内対戦成績が6勝30敗と大の苦手で、千代の富士の敗戦がきっかけで優勝を逃すケースが多かった。