「マッカーシズム」の版間の差分

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[[ImageFile:Joseph_McCarthy.jpg|right|thumb|260px|「'''マッカーシズム'''」の[[エポニム|名祖]]となった[[共和党 (アメリカ)|共和党]]の[[ジョセフ・レイモンド・マッカーシー]][[アメリカ合衆国上院]]議員。]]
[[File:Is this tomorrow.jpg|thumb|220px|"Is this tomorrow"と題され「[[共産主義]]下[[のアメリカ]]!」(AMERICA UNDER COMMUNISM)恐怖を訴えるマッカーシズム([[赤狩り]])前後、[[1947年]][[のアメリカ合衆国]]のパンフレット。]]
 
'''マッカーシズム'''({{lang-en-short|McCarthyism}})とは、[[1950年代]]に[[アメリカ合衆国]]で発生した[[反共主義|反共産主義]]に基づく社会、政治的運動。[[アメリカ合衆国上院]]議員の[[ジョセフ・レイモンド・マッカーシー]]による告発をきっかけとして、共産主義者であるとの批判を受けた政府職員、メディアの関係者などが攻撃された。
 
マッカーシー上院議員はその告発対象を[[アメリカ陸軍]]や[[報道機関|マスコミ]]関係者、映画関係者や学者にまで広げた。マッカーシーやその右腕となった若手[[弁護士]]の[[ロイ・コーン]]などによる「共産主義者リスト」の提出に代表される様な様々な偽証や事実の歪曲や、[[自白]]や協力者の告発、[[密告]]の強要を強いた。
 
[[ImageFile:Edward r murrow challenge of ideas screenshot 2.jpg|right|thumb|260px|マッカーシズムを批判したジャーナリスト、[[エドワード・R・マロー]]。]]
マッカーシズムは[[共和党 (アメリカ)|共和党]]だけでなく、[[民主党 (アメリカ)|民主党]]の一部の議員からも支持を集めていた。後の[[1961年]]に[[アメリカ合衆国大統領|アメリカ大統領]]に就任する民主党上院議員[[ジョン・F・ケネディ]]もマッカーシーの支持者であり、後にマッカーシーに対する問責決議案が提出された際には入院を理由として投票を棄権している。
 
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