「マッカーシズム」の版間の差分

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[[File:Joseph_McCarthy.jpg|right|thumb|260px|「'''マッカーシズム'''」の[[エポニム|名祖]]となった[[共和党 (アメリカ)|共和党]]の'''[[ジョセフ・レイモンド・マッカーシー]]'''[[アメリカ合衆国上院]]議員。]]
[[File:Is this tomorrow.jpg|thumb|220px|"Is this tomorrow"と題され「[[共産主義]]下の[[アメリカ]]!」(AMERICA UNDER COMMUNISM)が直面するであろう恐怖を訴えるマッカーシズム([[赤狩り]])前後、[[1947年]]の[[アメリカ合衆国]]のパンフレット。]]
 
'''マッカーシズム'''({{lang-en-short|McCarthyism}})とは、[[1950年代]]に[[アメリカ合衆国]]で発生した[[反共主義|反共産主義]]に基づく[[社会運動]]、政治的運動。[[アメリカ合衆国上院]]議員の[[ジョセフ・レイモンド・マッカーシー]]による告発をきっかけとして、[[共産主義者]]であるとの批判を受けた[[政府]]職員、[[マスメディア]]の関係者などが攻撃された。
 
== 歴史 ==
アメリカ合衆国では[[第1次世界大戦]]が終結した、[[十月革命]]を経た[[ロシア]][[ソビエト連邦]]が誕生した後、[[ボリシェヴィキ]]、[[アナーキズム]]に対する警戒心が高まった。[[1930狂騒の20]]代から」こと[[19401920年代]]初めになると反[[ファシスト]]を旗印に掲げるのアメリカ合衆国では[[イタリア系アメリカ共産党人|イタリア系]]移民のアナーキストを当局処刑した[[労働運動サッコ・バンゼッティ事件]]に浸透し小規模なら一定の支持を獲得発生していた。これらの組織は政府よ監視を受けていたが、[[第二次世界大戦]]中は[[連合国 (第二次世界大戦)|連合国]]の一国として同盟関係にあった[[ソビエト連邦]]との協調が優先され表立った弾圧は行われなかった
 
[[ファシスト党|ファシスタ]]・[[イタリア王国|イタリア]]、[[ナチス・ドイツ]]など[[ファシズム]]国家が[[ヨーロッパ]]に抬頭した[[1930年]]代から[[1940年代]]初めになると[[反ファシズム|反ファシスト]]を旗印に掲げる[[アメリカ共産党]]が[[労働運動]]に浸透し、小規模ながら一定の支持を獲得していた。[[1932年]]に[[ダグラス・マッカーサー]][[アメリカ陸軍|陸軍]][[大将]]が首都[[ワシントンD.C.]]に終結した数万人の[[退役軍人]]が[[共産主義者]]に扇動されているとの嫌疑から[[アメリカ軍]]の軍事力によって弾圧した「[[ボーナスアーミー]]事件」のように、これらの[[社会主義]]、[[共産主義]]運動は政府よる監視を受けていたが、[[第二次世界大戦]]中は[[連合国 (第二次世界大戦)|連合国]]の一国として同盟関係にあった[[ソビエト連邦]]との協調が優先され表立った弾圧は行われなかった。
第二次世界大戦が終結すると、アメリカ合衆国とソビエト連邦との潜在的な対立が直ちに表面化した。[[国共内戦]]に勝利した[[中国共産党]]によって[[1949年]][[10月1日]]に[[中華人民共和国]]が成立したこと、1949年の[[ソビエト連邦]]による[[原爆]]実験の成功、[[1950年]][[6月25日]]に勃発した[[朝鮮戦争]]などが原因でアメリカ国内では[[共産主義]]への脅威論が高まっていた。
 
[[1945年]]に第二次世界大戦が終結すると、アメリカ合衆国とソビエト連邦との潜在的な対立が直ちに表面化した。[[中華民国]]の第二次[[国共内戦]]に勝利した[[中国共産党]]によって[[1949年]][[10月1日]]に[[中華人民共和国]]が成立したこと、1949年の[[ソビエト連邦]]による[[原爆]]実験の成功、[[1950年]][[6月25日]]に勃発した[[朝鮮戦争]]などが原因でアメリカ国内では[[共産主義]]への脅威論が高まっていた。
 
1945年には戦時中に[[ニューヨーク]]でソ連のためにスパイ活動を行なっていた[[エリザベス・ベントリー]]が[[FBI]]に[[軍需生産委員会]]で働いていた経済学者[[ネイサン・シルバーマスター]]や財務次官補の[[ハリー・ホワイト]]などのスパイ行為を暴露した。ハリー・ホワイトは1948年に下院の[[下院非米活動委員会]]でスパイ行為を否定した数日後に急死した。
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