「ウーファ (映画会社)」の版間の差分

さらに1937年にはナチ党がウーファーの株を72%取得、[[国民啓蒙・宣伝省|宣伝大臣]][[ヨーゼフ・ゲッベルス]]は、映画の力を重要視しウーファーの人事権や経営権に介入、1942年には完全に国有化になる。この間に[[フリッツ・ラング]]や[[エルンスト・ルビッチ]]、[[ビリー・ワイルダー]]やマレーネ・デイートリッヒなどのユダヤ系・反ナチスの映画関係者が海外に亡命している。
 
ナチス政権下では、『突撃隊員ブラント』、『ヒトラー少年クヴェックス』、『[[ユダヤ人ジュース]]』、『[[ロスチャイルド家 (映画)|ロスチャイルド家]]』などの[[プロパガンダ]]映画がつくられる一方、『[[誓ひの休暇]]』、『[[ほら男爵の冒険]]』などの良作も製作された。映画人も、エミール・ヤニングスやヴェルナー・クラウス、[[ツァラー・レアンダー]]などのスターが残ったが、かつての高レベルの映画を作る勢いはなかった。
[[1939年]]9月の大戦勃発後も映画活動は続けられ、戦意高揚を主な目的に多数の作品が製作された。[[1945年]]1月、ソ連軍の砲火が迫る中、ゲッベルスの肝いりで最後の大作『[[コルベルク]]』が製作されたが、最早国内は映画どころではなかった。5月9日のドイツ軍降伏の日とともに『コルベルク』の上映は禁止された。