「ウジェーヌ・ヴォロ」の版間の差分

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[[反共フランス義勇軍団]]を[[除隊]]して東部戦線([[ロシア]])から[[フランス]]へ帰国した後、ウジェーヌ・ヴォロは[[民間人]]としての生活に戻った。
 
しかし、「[[ヨーロッパ]]の運命がどうなるか分からない」([[ナチス・ドイツ]]と[[ソビエト連邦]]のどちらが[[戦争]]に勝利するか分からない)状況での暮らしに満足できなかった<ref name="Landwehr_2006"/>ヴォロは再び[[義勇兵]]になることを選び、1944年5月3日<ref name="Agte_p163"/>、[[カルヴァドス県]][[カーン]]で[[ドイツ海軍 (国防軍)|ドイツ海軍]]([[:de:Kriegsmarine|Kriegsmarine]])へ志願入隊した{{#tag:ref|[[ドイツ海軍 (国防軍)|ドイツ海軍]]は1944年2月から[[フランス人]][[義勇兵]]の募集を開始しており、これに伴って3月中旬に[[ヴィシー政権]]はドイツ海軍へフランス国民(フランス人)が志願入隊することを認める法律を制定していた<ref>Forbes, p146</ref>。|group=注}}。
 
入隊後、1944年5月~6月の間にヴォロは他のドイツ海軍フランス人義勇兵と同様に[[アルザス]]・[[セルネー|ゼンハイム]]親衛隊訓練施設(SS-Ausbildungslager [[:de:Cernay (Haut-Rhin)|Sennheim]])駐屯中の[[ドイツ海軍 (国防軍)|ドイツ海軍]]'''第28海軍基幹(訓練)大隊(Schiffsstammabteilung 28)'''第6中隊<ref name="Forbes_p447"/>に配属され{{#tag:ref|ほとんどの文献ではドイツ海軍第28海軍基幹(訓練)大隊時代の訓練期間中のヴォロが「第4中隊第3小隊の[[分隊|分隊長]]」<ref name="Agte_p163"/><ref name="WSSFv2_Vaulot"/><ref name="Landwehr_2006"/><ref>Ernst-Günther Krätschmer '''« Die Ritterkreuzträger der Waffen-SS »'''<br>
*Edition Zeitgeschichte, 2012(第6版:2012年度新装改訂版)p783</ref>とされているが、Forbesによるとドイツ海軍第28海軍基幹(訓練)大隊第4中隊は[[エストニア]]人および[[ラトビア]]人義勇兵中隊である(第3中隊と第6中隊がフランス人中隊)<ref name="Forbes_p147">Forbes, p147</ref>。|group=注}}、6~8週間に渡る過酷な訓練([[フィジカルトレーニング|肉体鍛錬]]・[[基本教練]])を受けた<ref name="Forbes_p147"/>。
 
ゼンハイムでの訓練期間終了後の1944年7月1日<ref name="Agte_p163"/>、訓練の次の段階へ進むために第6中隊は[[ドイツ]]西部の都市[[デュスブルク]]([[:de:Duisburg|Duisburg]])へ送られた。ここで第6中隊は名称を「第2中隊」に変更され、ドイツ海軍フランス人義勇兵たちは数ヶ月間に渡って[[武器]]教練、[[海軍]]の専門訓練、[[湖]]や[[川|河川]]における[[ボート]]操作訓練を受けた<ref>Forbes, p148</ref>。<br><br>
なお、ドイツ海軍時代にウジェーヌ・ヴォロは次のフランス人義勇兵と知己の仲になった。<br>
 
: 1943年初旬に捕虜収容所から釈放された後は[[ナチス・ドイツによるフランス占領|ナチス・ドイツ占領下のフランス]]へ帰国し、フランス国内の[[トート機関]]([[:de:Organisation Todt|Organisation Todt]])で働いていたが、1944年5月15日に[[カーン]]で[[ドイツ海軍 (国防軍)|ドイツ海軍]]へ志願入隊。まったく[[水泳|泳ぐ]]ことができない(いわゆる[[金槌#補足|カナヅチ]])にもかかわらずドイツ「[[海軍]]」へ志願入隊した<ref>Grégory Bouysse '''« Waffen-SS Français volume 2 »'''(lulu, 2011)、"Sous-officiers et soldats issus de la Kriegsmarine, SK : Soldats & Caporaux : '''Robert SOULAT'''"</ref>変わり者であったが、[[ドイツ語]]の[[識字|読み書き]]・[[会話]]能力は極めて優秀。<br><br>
*{{Flagicon|FRA}} '''ピエール・スリエ(Pierre Soulier)'''<br>
: 1943年に[[トート機関]]労働者警備隊「シュッツコマンド」([[:fr:Schutzkommando|Schutzkommando (SK)]] / Organisation Todt)へ参加し、[[独ソ戦|東部戦線]]([[ロシア]])で数ヶ月間勤務していた[[フランス人]]。1944年初旬に[[ドイツ海軍 (国防軍)|ドイツ海軍]]へ志願入隊した<ref>Grégory Bouysse '''« Waffen-SS Français volume 2 »'''(lulu, 2011)、"Sous-officiers et soldats issus de la Kriegsmarine, SK : Sous-officiers : '''Pierre SOULIER'''"</ref>。
 
== 1944年9月 武装親衛隊への移籍 ==