「がらがら (玩具)」の版間の差分

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== 歴史 ==
=== 西洋 ===
楽器としてのがらがらの類は古代において呪術的な目的で用いられていたものであるが、子供をあやす目的で作られたものとしては[[古代ギリシャ]]・[[古代ローマ|ローマ]]時代から例が見られ、この頃には動物を象った土製のがらがらが作られている。特に古代ギリシャ初期においては[[豚]]を象ったがらがらが多く見られるが、これは当時、子豚が幼児の健康を守るという信仰がギリシャにあり、この信仰が玩具に反映したものと見られる<ref name="玩具事典"/>。
 
「がらがら」が前述のような二つのタイプに分かれるのは、子供の成長・発達の視点から玩具を評価するようになった[[18世紀]]中ごろからで、それまでの「がらがら」は主として養育者が使うことを想定して作られていたものと見られる。[[イギリス]]ではこうしたがらがらは、ふだん母親や保母の帯飾りの鎖にぶら下げられていたものらしい<!--出典が推量・推察として書かれているので合わせている--><ref name="玩具事典"/>。
 
=== 日本 ===
日本では[[室町時代]]、京の御所の女官たちが[[張子|紙張子]]の文箱を手慰みに作り、それに小物を入れて振ると音がしたことからはじまったとされている<ref name="玩具事典"/><ref name=kotobank1/>。のちには雀、犬、兎といったさまざまな鳥獣を象った紙製のがらがらが作られた。当時は馬や兎の皮を使った[[でんでん太鼓]]も御殿玩具として作られ「ばたばた」と呼ばれていた。この「ばたばた」は[[天然痘]]でできたあばたを取り除くという信仰もあった<ref name="玩具事典"/>。[[江戸時代]]には張子のほか、[[曲物]]の胴に柄をつけ中に小石を入れたもの、[[桐]]の木を円く挽いて[[土鈴]]をいれたものなども作られている<ref name=kotobank1/>。また江戸時代の随筆集『[[翁草]]』や『[[武林隠見録]]』には、[[政商|御用商人]]の[[河村瑞賢]]が三両の[[小判]]に刀で穴をあけ、そこに[[紙捻り]]を通して即興のがらがらを作り、遊び道具として子供に与えたという逸話が載っている<ref name=saitou1/>。
 
[[明治]]・[[大正時代]]になると、がらがらにもヴァリエーションが増える<ref name=saitou2>齋藤良輔 『日本人形玩具事典』 東京堂出版 1997年 ISBN 4-490-10477-4 90頁</ref>。まず明治時代には、海外から[[ブリキ]]が輸入されるに伴いブリキ製のがらがらが造られるようになる<ref name=saitou1/>。明治30年頃には、フケを取る道具の材料に使われた竹の廃物を素材とした、中に小石の入ったがらがらが造られた<ref name=saitou1/>。竹の輪の両面には、犬や猫の絵が描かれていた<ref name=saitou1/>。明治33年には「万寿がら」と呼ばれるがらがらが造られた<ref name=saitou1/>。日露戦争後、日本のがらがらは飛躍的にその数を増やす<ref name=saitou1/>。
[[翁草]]や[[武林隠見録]]には、[[河村瑞賢]]が三両の[[小判]]に刀で穴をあけ、そこに[[紙捻り]]を通して即興のがらがらを作り、遊び道具として子供に与えたという逸話が載っている<ref name=saitou1/>。
 
[[日露戦争]]後、日本のがらがらは飛躍的にその数を増やす<ref name=saitou1/>。明治後期に生まれた主ながらがらとして、「笛がら」「面がら」「鈴がら」「風車がら」「首振りがら」「自動がら」「当てがら」「縄跳びがら」「拳がら」などがある<ref name=saitou2/>。
明治・大正時代になると、がらがらにもバリエーションが増える<ref name=saitou2>齋藤良輔 『日本人形玩具事典』 東京堂出版 1997年 ISBN 4-490-10477-4 90頁</ref>。
 
大正時代は[[セルロイド玩具]]製の玩具の全盛期であった。り、がらがらにもセルロイド製のものが多数産まれた<ref name=saitou2/>。作者達は、そのがらがら独自の音を出そうと意匠を凝らした結果、美しい音、変わった音を出す様々ながらがらが作られていった<ref name=saitou2/>。大正時代に作られたがらがらには「ラッパ笛がら」「太鼓がら」「笛入りがら」「高貴がら」「常盤がら」とったものらがらが大正時代には作られた<ref name=saitou2/>。あり、中でも「高貴がら」「常盤がら」はその代表とされている<ref name=saitou2/>。「高貴がらは鈴が4個ついているのが特徴である。常盤がら高貴がら同様鈴を使用したがらがらである。名前は[[常盤御前]]に由来しており、常盤御前が被っていたとされる市女笠を模したものが付属している<ref name=saitou2/>。
明治時代には、海外から[[ブリキ]]が輸入されるに伴いブリキ製のがらがらが造られるようになる<ref name=saitou1/>。明治30年頃には、フケを取る道具の材料に使われた竹の廃物を素材とした、中に小石の入ったがらがらが造られた<ref name=saitou1/>。竹の輪の両面には、犬や猫の絵が描かれていた<ref name=saitou1/>。明治33年には「万寿がら」と呼ばれるがらがらが造られた<ref name=saitou1/>。日露戦争後、日本のがらがらは飛躍的にその数を増やす<ref name=saitou1/>。
 
明治後期に生まれた主ながらがらとして、「笛がら」「面がら」「鈴がら」「風車がら」「首振りがら」「自動がら」「当てがら」「縄跳びがら」「拳がら」などがある<ref name=saitou2/>。
 
大正時代は[[セルロイド玩具]]の全盛期であった。がらがらにもセルロイド製のものが多数産まれた<ref name=saitou2/>。作者達は、そのがらがら独自の音を出そうと意匠を凝らした。結果、美しい音、変わった音を出すがらがらが作られていった<ref name=saitou2/>。「ラッパ笛がら」「太鼓がら」「笛入りがら」「高貴がら」「常盤がら」と言ったがらがらが大正時代には作られた<ref name=saitou2/>。「高貴がら」「常盤がら」はその代表とされ<ref name=saitou2/>、高貴がらは鈴が4個ついているのが特徴である。常盤がらは、高貴がら同様鈴を使用したがらである。名前は[[常盤御前]]に由来しており、常盤御前が被っていたとされる市女笠を模したものが付属している<ref name=saitou2/>。
 
== 出典 ==
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