「ロバート・ゴダード」の版間の差分

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m 元のキャプションだと彼のロケットがWW2戦中まであのようなものだったと誤解を招きやすいので。後期の写真があればいいのだが。
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[[第二次世界大戦]]が始まると、ゴダードは[[アメリカ合衆国海軍|アメリカ海軍]]のためにロケット工学の研究を行ったが、海軍はその研究の価値を理解できなかった。唯一の例外は[[艦載機]]を短距離の滑走で発艦させるための補助ロケットだった。大戦中にゴダードは喉頭癌を発病し、対日戦勝間際の1945年8月に62歳で死去した。ゴダードが考案・発明した特許は214にのぼるが、ほとんどは彼の死後に与えられたものである。[[1960年]]に、合衆国政府はそのすべてをゴダード未亡人から100万ドルで買い取った。
 
 
彼の研究は時代を先取りしすぎていたため、同時代人からは変人[[マッドサイエンティスト]]扱いされ、しばしば嘲笑の対象になった。 ゴダードが[[1920年]]の論文『高々度に達する方法』で、ロケットは真空の宇宙空間でも推進できると主張したことに対し、[[ニューヨーク・タイムズ]]紙は、物質が存在しない真空中ではロケットが飛行できないことを「誰でも知っている」とし、ゴダードが「高校で習う知識を持っていないようだ」と酷評した。ゴダードは他の科学者やメディアから受けた不当な評価のため、他人を信用しないようになり、死去するまで研究は単独で行った。彼の死後、ロケットの重要性が認識されるにつれゴダードの業績が脚光を浴び、1959年に設立された[[ゴダード宇宙飛行センター]]は彼にちなんで命名された。[[1969年]]に、[[アポロ11号]]の月着陸の前日、ニューヨーク・タイムズ紙は49年前に発表したゴダードについての社説を撤回した。同紙はゴダードの実験を「より進んだ実験と調査」と呼び、「17世紀の[[アイザック・ニュートン]]の実験結果を確認し、大気中と同様に真空中でもロケットが飛行できることは明確にいま実証された。同紙は(作用・反作用の法則を間違って解釈していた)過ちを後悔する」との社説を発表した。またアポロ11号が月に到達した時、SF作家の[[アイザック・アシモフ]]はすでに世を去ったゴダードに向かって、「ゴダードよ、我々は月にいる」という言葉を送った。『[[新スタートレック]]』に登場する[[シャトル (スタートレック)|シャトルクラフト]]・ゴダードは、彼の名から命名されている。
 
== 脚注 ==