「タイロナ」の版間の差分

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タイロナは金細工が盛行したことによって知られており、たくさんの論文が書かれている。タイロナは[[失蝋法]]の技術によって、かなりの水準に発展を遂げていた。金細工師たちは、蝋でまず型を作って、粘土でその型を包み鋳型とする。粘土の鋳型をあたためて、蝋がとけるようにして、その後、蝋がとけだして空になった空間に液体になった金を流し込む。そして、金が冷えて凝固すると金細工師の望んだとおりの形ができる。[[錫]]、[[金]]、[[銅]]の合金である[[トゥンバガ]]を使うことが資源の節約や金をとかしやすくすることから認められていた。金の純度を高めるために、銅が[[酸化]]したあとに熱して、そのあとに冷たい水につけた。
 
ほうっておいたら[[緑青]]がついてひび割れてしまうのを防ぐためであった。最後に磨きの工程を行なったら完成であった。タイロナは金細工や紡績の技術を広めようと考えていたが、[[{{仮リンク|ムイスカ]]人|en|Muisca people|label=ムイスカ}}でさまざまな技術が発展しタイロナに取り入れられたと考えられている。ムイスカの貴金属製品の大部分はタイロナに比べて、洗練されていないし、仕上げの仕方もお粗末なものだったが、金の純度においては優れていた。一方、タイロナは、細工の技術については完全に近い水準であった。ムイスカ人は失蝋法を習得するときに自らの作品を美的に向上させようとした。つまり、造ったものがつたない技術で役に立たなくなるだけでなく、ひび割れてしまうかもしれないし、薄い板であることから、可能なことが限られるからである。純度が高い金に打ち出し細工をするのはほとんど可能であった。タイロナ人は自分たちの製品を水に沈めることによって純度を向上させることを学んだ。そして以前と同じレベルの美しい金細工を造った。
 
== 言語 ==
タイロナ人の言語は[[チブチャ語]]のグループに属する。チブチャにはムイスカ人も含まれ、ムイスカはそれぞれの「町」で無数の言語分化をしていた。そのため、前述の冶金・鋳造業にみられるような文化的なつながりが確実に存在した。[[{{仮リンク|キンバヤ文明|es|Quimbaya (etnia)|en|Quimbaya civilization|label=キンバヤ]]}}のような集団と比較してタイロナとムイスカの交流は活発であった。
 
[[画像:Tairona Burial Urn.JPG|thumb|270px|right|タイロナの蔵骨器]]
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