「ウスタシャ」の版間の差分

旧ユーゴスラビア王国政府関係者の抵抗組織としては「チェトニック」が存在したが、セルビア人が主流であり、旧体制と同じく様々な問題を抱えた組織であった。士気が低い彼らに代わりユーゴを解放したのは、[[パルチザン (ユーゴスラビア)|パルチザン]]の闘士[[ヨシップ・ブロズ・チトー]]であった。
 
1945年にクロアチア独立国は崩壊し、行き場を失ったパヴェリッチは南米およびスペインへ亡命する。そこでフランコ独裁政権の保護を受けながら、新生ユーゴ領内やヨーロッパ各地に潜伏しているウスタシャ残党と連絡を取り合い、再び祖国復権の夢を実現させようとしたが、57年に襲撃を受けて重傷を負い、2年後に死亡した。
 
一時的にせよ、ヒトラーの援助を受けながらクロアチアの独立を果たしたパヴェリッチであるが、彼自身は終始暴力を肯定しており、その過剰な政策が、後の[[ユーゴスラビア紛争]]の遠因になったと言われる。
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