「山井崑崙」の版間の差分

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旅行を好み、紀行文『鎌倉行紀』、『温泉紀行』(箱根紀行)も著わしている。
 
崑崙の死後、幕府は[[荻生北渓]](荻生徂徠の弟)に命じて『七経孟子攷文』に校訂を加えさせ『七経孟子攷文補遺』として上梓された。『七経孟子攷文補遺』は[[清朝|清]]にも伝わり、清の儒学者にも高く評価された。『七経孟子攷文補遺』は[[乾隆帝]]の勅命により編纂された[[漢籍]][[叢書]]『[[四庫全書]]』にも収録され、乾隆[[考証学]]の基礎を築いた。
 
== 参考文献 ==