「ピカレスク小説」の版間の差分

『従士マルコス・デ・オブレゴン』([[1618年]])や『びっこの小悪魔』([[1641年]])のような写実的でありながら抒情的で詩的な小説が出てきた。それ以降では、風俗写実文に過ぎない小説が多く出版される。そんな中でケベードの『ドン・パブロスの生涯 (Historia del Buscón don Pablos)』([[1626年]])では、言葉遊びに富み、カリカチュアで装飾過多になり、さらに諷刺、揶揄、悲観主義の要素が色濃くなった。
 
しかし前述したグスマンのバロック手法は、[[ティルソ・デ・モリーナ]]の『セビーリャの色事師と石の招客 (El Burlador de Sevilla y Convidado de piedra)』(1630年、{{要出典|モリーナ作ではないとする説あり|date=2014年7月}}。ドン・ファンが非道徳的行動をすることで道徳的規範を示す方法)に受け継がれている。
 
== 日本のピカレスク小説 ==
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